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#青春ドラマ #中村雅俊 #ふれあい

 当時の撮影風景の写真を見て驚いた。町の通りを学生が通りすぎる場面。その前には人を乗せたリヤカーが。もしかして?


 

 「リヤカーにカメラマンが乗って撮影するんです。手作り同様で、自主映画以下ですよね 。音声は全部アフレコですから、とにかく時間がかかる。

 でも、当時はそれが当たり前でした。ところが寺のお坊さんの役の三井弘次さんが手術することになって、撮影はできてもアフレコはスケジュール的に間に合わない。

 現場で同時録音しようにも、カメラが回る音が入ってしまう。そこでカメラマンが布団をかぶって音を減らして撮影しました」


  なんとも、アナログな撮影方法は、約一年後、同録可能なフランス製の機材を探し当て、 導入するまで続いた。真夏、布団をかぶるカメラマンの苦労は大変なものだったという。

「映画畑の監督たちは、ドラマをテレビの時間○分○秒にきっちり一話を収めるなんてできないと言い出す。だから、この番組は一話の長さがバラバラなんです。細かいところは予告とか プレゼントのお知らせとかで時間調整してた。僕もよくわかってないから、そういうものかと思ってました。

ところが、再放送のときは調整できないから困ってね。本当におおらかな時代でした」

その努力が実り、番組は評判となって夏木陽介だけでなく、元気のSS女生徒勝子役の岡田可愛のほかに、水沢有美、土田早苗らも人気者になった。



 「日曜8時、最大のライバルだったNHKの大河ドラマ『源義経』の視聴率を抜いたときは、うれしかった。」


 さっそく、青春路線第二弾『これが青春だ』が企画され、主役に抜擢されたのは、竜雷太であった。



 

 中村雅俊はドラマの中で歌った「ふれあい」を大ヒットさせる。岡田は、ドラマの音楽にもこだわってきた。第一弾『青春とはなんだ』では作曲家いずみたくと組み、布施明を起用した 主題歌(布施もジャケット写真の中で学生服を着用)を採用。以後、『おれは男だ!』の森田、『飛び出せ!青春』の青い三角定規など、常に新鮮な音楽を視聴者に届けている。「青い三角定規はドラマの同窓会のたびに主題歌を歌ってくれますよ」


 そして、昭和五十年(1975)、中村を起用した青春路線の集大成ともいえる『俺たちの旅』がスタートする。主人公は東京で下宿する三流大学のバスケット部主将でお気楽男のカースケ (中村)、同級で気弱なオメダ(田中健)、同郷の先輩グズ六(津坂まさあき、現・秋野太作)。彼らの友情、就職、カースケを思う洋子(金沢碧)、オメダの妹(岡田奈々)、グズ六の恋人 (上村香子)との恋愛模様などを描く群像劇は、学生運動の熱気も消えた七〇年代後半の若者の等身大の悩みや喜びを描き、高視聴率を獲得する。




1.男はみんな淋しいのです 放送:1975/10/5


男は みんな 心のどこかに 淋しさを抱いている



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