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 あなたは、「音」と聞いて何を思い浮かべますか? この質問を東京の講演の際に聴衆の方々に聞いたところ、もっとも多かったのが音楽。次にピアノ、トランペット、ドラムなど芸の音。そして歌声でした。すべて「音楽」ですね。「音」という漢字のせいでしょうか、日本人は、「音=音楽」というイメージをもちやすいようです。

でも、英語では音は「sound」音楽は、「music」と別々のものですが、ここでは、「音」ということについて考えてみたいです。

 あらためて周囲の音に耳を傾けてみてください。どんな音が聞こえてきますか?話し声、華や電車などの乗り物の音、木々が揺れる風の音、打ちつける雨の音、心地よい小鳥のさえずり、歌声、救急車のサイレン、エアコンのファンの音、パソコンのタイピング音、コピー機の音、食器の重なる音、料理の昔、隣の人の咳払い、本をめくる音、足音、……

わたしたちの周囲は、数えきれないほど多くの「音」があふれていることに気づきませんか? そう、「音」は、わたしたちの生活と切っても切れない密接な関係にあります。だからこそ、これをうまく活用すれば、大きな「強み」になります。その音の力、それが「サウンドパワー」です。

 サウンドパワーの世界へようこそ!

 これから、まずは、そのパワーの中身を明らかにしていきましょう。「音」はこんなにもたくさんの情報を発している! 「音」は、目に見えない、形のないものです。しかし、実にさまざまな情報をわたしたちに伝えてくれています。代表的なものをいくつかご紹介します。

▼まずは、みなさんお馴染みのドレミの組み合わせで奏でられる音楽。

わたしたちは、 その「音」の音色や音階を聞き分けることができます。

▼声の音色から、それが誰のものなのか、性別や年齢なども推測できます。

▼サイレンを鳴らす救急車が遠くから近づいてくる音。そして遠ざかっていく音。わたしたちは、「音」によって、目に見えない何かが存在する「方向」や、そこまでの「距離」を知ることができます。

▼地下鉄の通路。背後を歩く誰かの足音。「音」は、背後の誰かが自分の後ろにいる こと、それが右側なのか左側なのか、急いでいるのかなどを教えてくれます。わたしたちは、「音」 によって目には見えない誰かの行動を察知しています。また、わたしたちは、「音」が伝える情報の組み合わせから、より繊細な情報を読み取っています。そこで呼び起こされた記憶や感情を、さまざまなアクションにつなげているのです。たとえば、次のようなものが挙げられます。

▼道路を歩いているときに聞こえてくる車のエンジン音やクラクションの音。わたしたちは、「音」を頼りに、車がどの方向から、どの〈らいの速さで近づいているか を俊敏に察知することで、危険を感じ取ります。

▼忙しい朝。美味しいお茶を滞れるために沸かしたやかんがシューソユ1と鳴る。

 たしたちは、「音」によって、水が沸騰したことを知ります。

▼浜辺を寄せては返す波の音。わたしたちは、盲Lで「心地よさ」を抱き草す。

▼愛する人の声。わたしたちは、そのメッセージではなく「音」から、その人の情」を読み

取っています。

「聴覚からの視覚情報の2倍の早情く脳はに伝わる

 「視覚、聴覚、触覚、味覚、嘆覚」の五つの感覚機能で周囲や環境を捉えています。この中で私たちがもっとも頼りにしているのは視覚です。夜、一時的な停電で視界がなくなった時、この上ない恐怖を感じたります。やはり、視覚からの情報量が一番多いですね。次は聴覚かもしれません。聴覚によって音は認識されます。母体にいるときに最初に活動しだすのは聴覚だといわれています。また、身体の活動が停止たときに最後まで活動しているのも聴覚だといわれています。

 だからでしょうか、視覚と聴覚の刺激に対する反応速度を比べると視覚からの刺激が脳に到達するのに20~40ミリ秒かかるのに対し、「音」は8~10ミリ秒。聴覚からのの情報への反応速度が、視覚の2倍以上も早いことを示した研究もあります。

 さて、聴覚はどこまで進化するのでしょうか? 陸上競技の花形100メートル走の記録にもっとも大きな影響を与えるのは、「バンー」というピストル音だそうです。2009年、ウサイン・ボルト選手が、100メートル走で9秒58の世界記録を更新しました。スタートの際のボルト選手の反応時間は、なんと「0・146秒」。刺激が脳に到達し筋肉を動かすまでの情報処理が、この速さで可能だということになります。

 視覚による情報処理は、1秒間に約25コマ(40ミリ秒に1コマ)だとされます(ちなみに、映画のフィルムは1秒間に24コマ。ディズニーのアニメ映画も1秒間に24コマだそうです)。これに対して、聴覚のほうは、1秒間に約200コマ(5ミリ秒に1コマ)ですから、聴覚は視覚の8倍もの情報処理能力がある、ということができます。

 ちなみに、動画最先端の4K,8Kでは、視覚では処理できないほどの情報量を1コマに入れ1秒間に約30コマという膨大な量のデーターを送れば圧倒されるし、何かの引用にするとしたら価値のあるデーターになりますよね。

聴覚は、全方位を24時間監視している。

 反応速度以外にも、視覚に対する聴覚の優位性を見出すことができます。それは、常時間休みなく情報処理をしているという点です。視覚と違って、まばたきをすることもなければ、目を閉じて情報を遮断してしまうこともありません。

BGMを変えるだけでスーパーマーケットの売り上げが32%アップ!

 あなたがよく行くスーパーマーケットやデパート、ショッピングモール等で、どんなBGMが流れていたか、思い出せますか? そもそもBGMが流れていたことすら気づかないでいた人もいるのではないでしょうか? わたしたちは、商業空間でなにげなくBGMを聞くことに慣れています。そのため、BGMに意識的に注意を払うことばほとんどありません。このとき流れている音楽は、まさに、その名の通り「バック・グラウンド・ミュージック(=背景音楽)」なのです。

 ところが、わたしたちがサウンドに対して意識的に注意を払っていないだけであって、お店のほうが、わたしたちの購買意欲を高める手段としサウンドを活用していないわけではありません。スーパーマーケットに流すBGM、アップテンポのものとスローテンポのもの、どちらが売り上げに貢献すると思いますか? アップテンポのはうが、気分が高揚して購買意欲が高まるような気がするかもしれませんが、ニューヨークのスーパーマーケットで行われた「音楽のテンポが買い物客の購買行動に与える影響」についての調査(2)では、反対の結果が出ました。

 それによると、アップテンポのBGMが店内で再生されていたとき、買い物客が店内をより速く歩くようになったといいます。目的の商品へと足早に向かうことで、他の商品を見て回る機会が大幅に損なわれていました。一方、スローテンポの音楽は反対の効果をもたらしました。買い物客は目的の商品がある棚まで一直線に向かうのではなく、店内の雰囲気を楽しみながら他の商品が陳列されている棚も見て回り、より多くの商品を購入していました。

 そのスーパーマーケットでは、スローテンポのBGMを再生した日は、アップテンポのBGMを再生した日と比較して、「売り上げ32%増」を記録しました。一時期、ファレル・ウィリアムスの「Happy」や、テイラー・スウイフトの「ShakeIt Off」など、幅広い年齢層に親しまれるポピュラーサウンドが、どこでもヘビーローテーションでかけられていました。彼らの曲は親しみやすいサウンドなのですが、アップテンポのビートであり、歩くスピードを速めてしまいます。アップテンポのサウンドにはウキウキと気持ちを高揚させる一方で歩くスピ度をを速め、視野を狭める作用があります。アップテンポのサウンドを使うときには、十分に注意が必要です。

ノイズが高齢者の認知機能を向上させる

 近年、サウンドの活用によって、高齢者の認知機能の向上、記憶の強化、睡眠の質の向上が図れることがわかってきました。現在、応用に向けた取り組みが進んでいます。

 ここで注目されているのは、ピンクノイズという、低音が強調されたノイズで、穏やかで落ち着くようなサウンドです。 睡眠時にピンクノイズを再生することで、深い眠りの質が向上するとともに、記憶が改善されることが発見されたのです。

 この発見に関わったノースウエスタン大学のフィリス・ジ一博士は、「ピンクノイズ」による刺激は、脳の健康を改善するのに役立つ可能性がある革新的で、シンプルで、安全な、非投薬アプローチである。これは、高齢者の記憶力を強化して、記憶衰退を弱めるための潜在的なツールである」と述べています。ただし、ピンクノイズによる刺激をどのようにして取り入れていくかについては、さらなる調査が求められます。

 このように、音は、さまざまな研究者たちによる科学的根拠のもと、強力なビジネス戦略として応用したり、社会課題の解決につなげていくことができます。サウンドパワーは、今後幅広く普及していくことでしょう。

●ホワイトノイズ

ホワイトノイズは、すべての周波数のサウンドを組み合わせて生成されノイズでアナログテレビの砂嵐の映像や、空調の「shhh」というサウンドに似ています。「ホワイト(白い)」という形容詞は、光のすべての異なる色高波数)が組み合わさ机ると白色光(ホワイト)になることに由来しています。ホワイトノイズにはすペての周波数が含まれているため、他のサウンドをかき消す(マスクする)ためによく使用されます。また、蒜的な使用であれば、ホワイトノイズには集中力を高める効果があります。

 ところで、なぜ、ホワイトノイズは他のサウンドをかき消す‥とができるのてしょうか?たとえば、数名が話し合っているときに、特定の-人の声をより分けて理解することはそう難しくないでしょう。しかし、それが1000人だとどうでしょうか。そのなかの-人の声をより分けるのは並大抵のことではありません。

 全周波数が均一に含まれるホワイトノイズを聞くことは、1000人が同時に話しているなかで他のサウンドを処理するようなものです。そのため、サウンドがかき消され、聞こえにくくなるのです。

●ピンクノイズ

 ホワイトノイズと似ていますが、低音領域が強調されており、ホワイトノイズよりも柔らかく穏やかな雰囲気に感じられるサウンドです。雨音の「shhh」というサウンドに似ています。ピンクノイズは低音領域の周波数(光でいうと「赤色」)をもつため、光の色のアナロジーから「ピンク」ノイズと呼ばれます。

 ピンクノイズは、穏やかなリラクゼーション効果をもつ、睡眠の導入に効果的なノイズサウンドで、さまぎまなサウンドと組み合わせることができることから、サウンドをデザインしていく際によく使用されます。

●ブラウンノイズ

 ピンクノイズよりもさらに多く低音領域の周波数を含むサウンドで、強く深みがある海の波音に似ています。ピンクノイズよりも波音に近いサウンドなため、リラクゼーションや睡眠導Å監効某的に思われますが、低周波成分が多いため、長く聞くのは推奨されません。サウンドデザインで使用する際は、エッセンスとして少しプラスして使用します。

 ノイズには、他にもブルー、グレー、パープルなどさまざまなカラーがありま挙が、サウンドデザインで使用するノイズは、主にこの3種類です。

 ちなみに、ブラックノイズというのは、「ブラック=黒=騒音L というイメージをもたれがちですが、その逆、すべての音が含まれない 「無音」を意味します。

 少しのあいだ目を閉じて、あなたの周りの音に耳を傾けてみてください。電車のなかであれば、車内アナウンスが聞こえてくるかもしれません。バックグラウンドには、レールの継ぎ目から鳴る「ガタン、ガタン」という音。

 カフェのなかであれば、周りのテーブルから漏れ聞こえてくるざわざわとした話し声。バックグラウンドには、コーヒーを滝れる店員たちの動作苦でしょうか。 このように、ある空間に存在ずる複数のサウンドの組み合わせを、「サウンドスケープ」と呼びます。

無音の空間は、不快な空間

 サウンドは、わたしたちの周りにいつも何かしらの形で存在しています。わたしたちの動きから、車や機械から、植物や動物、海や川、山や大地、世界中のぁりとあらゆるところからサウンドが発生しています。それはあたかも、巨大なオーケストラであるかのようです。

 このオーケストラが奏でるのは、時間と空間によって変化する複雑でダイナミックなシンフォニー。そこにはさまざまな音色が含まれ、それぞれが特定の機能や意味をもっています。そのため、サウンドパワーを考えるときには、個々のサウンドではなく、サウンドスケープ全体の効果を見ていく必要があります。

 なお、人工的に「無声のサウンドスケープを作ることは可能ですが、そのようなサウンドスケープのなかにいると、上下左右、奥行きなどの空間感覚が鈍化し、5分もたたないうちに気分が悪くなります。「無音」の空間は、快適な空間ではなく、むしろ不快な空間となるのです。静かな、空聞というのは、物理的にサウンドが存在しない空間ではなく、その空間に存在するサウンドエスケープに意識が向かわない状態なのです。

サウンドスケープが感情…を動かす

 わたしたちは、オフィスや自宅、商業施設や飲食店、公共施設、交通機関など、さまざまなシーンや空間でサウンドに触れることで「感情ムーブメント」(喜怒哀楽などの心の動き)を経験します。ビジネスにおいては、不適切なサウンドの選択、低い再生クオリティ、テンポやボリュームの問題など、サウンドスケープの問題で引き起こされるマイナスの感情ムーブメントによって、企業に対するイメージが悪くなり、ブランドから離れてしまうという調査結果があります。

 こうした調査結果があるにもかかわらず、ほとんどの企業は、サウンドスケープが顧客の感情、そして意思決定にどのような影響を与えているか、十分に理解していません。

 たとえば、「適切なサウンドスケープの場所では、100人中35人は滞在時間が長くなり、14人はより多くのものを購入する」といったデータがあります。一方で、100人中44人が、不適切なサウンドスケープの場所から早々に立ち去ると回答しています。さらに、38人はその場を再訪しないだろうと回答し、25人が、友人・知人にその場所を推薦しないと回答しています。サウンドスケープを整えていくことば、職場など、対顧客以外の場面でも大きな効果を発揮します。

 たとえば、選曲、音量、クオリティなどが適切なサウンドスケープの職場では、66%の従業員がポジティブな影響を受けた、という調査があります。このことは、従業員の生産性向上につながります。この傾向は、特に若い従業員で拙著で、16~64歳の労働者の26%に生産性向上に良い影響があったのに対して、16~24臓のパートタイムの若い従業員ではその割合が49%にもなります。

サウンドパワーはサウンドスケープのデザインから

 サウンドスケープが奏でるシンフォニーは、さまざまなポジティブな効果をもっています。サウンドスケープはその空間の雰囲気をつくり、感情を引き出し、その場所の記憶を与え、行動を喚起させる影響力を備えています。ここが、サウンドパワーの出発点です。欲しいサウンドを増幅させたり追加したりする一方で、不要なサウンドを減らすことで、その場のサウンドスケープをポジティブなものに整備していくことができます。

 では、どのようにしてサウンドスケープを整え、創造していくのでしょうか? 簡単に見ていきましょう。

不要なサウンドを吸収する

 サウンドの実体は、空気の振動です。サウンドがなんらかの物体に当たると、一部の振動が吸収され、残りが反射されて別の場所へと伝達されます。このとき、サウンドがぶつかった物体の特性(材質、構造、形状、厚さ)によって、サウンドがさまざまに変化します。硬い物体は、都市を形作る素材として実用度が高く、見た目にも、都会的・近代的な装いとなります。一方で、サウンドをあまり吸収することなく反射させます。その結果、意図しないサウンドを発生させることがあります。不要な、意図しないサウンドの伝播を制限する方法は、それらのサウンドが反射されないように、吸音・防音対策を取ることです。

 たとえば、さまざまなサウンドが交錯する都市では、それらが雑音となってしまわないような都市計画が求められます。優れた吸吉特性をもつ素材を戦略的に随所に配置し、不要なサウンドを減らすこともその一つです。たとえば、土壌は優れた吸音特性をもつ素材です。 低木がコンパクトに植えられている都市では、それ自体が防音壁として機能することはあまりありませんが、土壌が優れた吸音効果をもつため、視覚的な遮蔽機能に加え、聴覚的な遮蔽機能も果たすことになります。

自然と人工の調和したサウンドスケープをデザイン

 わたしたちが心地よいと感じる自然のサウンドスケープは、繊細なサウンドが幾重にも折り重なったシンフォニーです。サウンドスケープをデザインするときには、自然のサウンドスケープを守り、人工的なサウンドスケープと共存させることが重要です。そのため、水(川のせせらぎや海の波)、植物(草花の揺らぎ)、風(そよ風)、鳥(さえずり)などのサウンドは、サウンドスケープをデザインしていくとき、その場に追加していくサウンドとして大変効果的です。

 一般的に、環境に優しい空間はサウンドスケープとしても良い空間となります。その道もまた成立し、苫環境を考えた身体に優しい空間づくりは、環境にも優しい空間づくりとなります。たとえば、美しい庭園のなかには、効果的なサウンドスケープをデザインすることで、その空間をさらに価値のある場所にしているものがあります。

 ウォーターサウンドは、おそらくすべてのサウンドのなかでもっとも独創的です。川や滝の流れ、雨滴が菓に落ちるサウンド、浜辺に打ち寄せる波、窓に打ち付ける雨音、シンクに落ちる水滴など、それぞれに個性があります。ウオーターサウンドの影響力は非常に強く、交通騒音や他の望ましくないサウンドをかき消す(マスクする)のに最適です。水がわたしたちの生存になくてはならないものであるがゆえに、これほどまでに強くウォーターサウンドに影響されるのかもしれません。

 日本の伝統的な水琴窟もまた、ウォーターサウンドをうまくデザインしたサウンドスケープです。視覚的外観からは、そこにサウンド発生装置があるとは想像できません。水琴窟では、地下に隠された、水を蓄えた空洞に水滴が落下し、水滴と水面が交差したところでサウンドが発生します。水琴窟のL部は空洞になっていて、そこが共鳴室として機能し、発生したサウンドが増強されて金属のような活気のあるきらめくサウンドを生成します。

 たとえば、山梨県甲府市の甲斐武田神社にある水琴窟では、竹の筒に耳をあてることで、瓶のなかで反響した美しく澄んだ琴の音のようなサウンドを体験できます。水琴窟は、音楽を彷彿とさせるサウンドを生み出す、自然のなかに埋め込まれた繊細で美しいサウンドスケープです。

 ウオーターサウンドのなかでも、オーシャンサウンドはまた少し異なる趣をもっています。引いては寄せる波の、「引く」「寄せる」の間の時間間隔は、安静時の呼吸速度に近く、わたしたちにリラクゼーション効果をもたらします。エントレインメント(引き込み)によってわたしたちに同じリズムで呼吸することを促し、それによって安心や落ち着きを誘導するのです。オーシャンサウンドにもまた、水琴府のウオーターサウンドのように、まるで何かの楽器で音楽を奏でるかのようなダイナミクス(強弱や速さ、百の高さなどの変化)が存在します。

 今日では、技術の進歩によって、その空間に適した、戦略的なサウンドスケープを創造することが手軽なものとなり、ウオーターサウンドやオーシャンサウンド、鳥のさえずりや風に揺らぐ草花のサウンドのような自然のサウンドと、楽器の苫やノイズなど人工のサウンドをコンピュータを使ってデザインできるようになってきています。

サウンドスケープは見た目も大事

 サウンドやサウンドデザインされたサウンドスケープをデジタルでシミュレーションする技術が、飛躍的に発展してきています。それとともに、サウンドを提示するための音響機器も進化してきました。うまくデザインされたサウンドスケープは、新しくエキサイティングな体験を提供する可能性を秘めています。

 サウンドをデザインし、サウンドスケープを創造することとは、その場所や周辺環境、建築物や空間のことをしっかりと考えたうえで、サウンドを発信する側とそれを聞く側が、互いに快適になる有益な場を提供することだといえます。そのとき、サウンドスケープは、その場所や空間の一部になることが望まれます。

 商業施設などでは、音響機器(スピーカーを用いてサウンドスケープが演出されることになりますが、その際、音響機器をどのように設置するかについても十分検討する必要があります。音響機器を適切に設置することで、サウンドの聞き手はその空間の機能を感じ取り、その空間に対する理解を深めることができるようになります。また、ライティングや色、他のさまざまな視覚的表現と組み合わせることで視覚との相互作用を作り出せば、発信者の意図をよりよく伝えることが可能となります。

 一方で、聞き手が音響機器を視覚ではっきりと捉えられる場合には、サウンドによって引き出された感情や記憶と、視覚的な体験とのあいだに禾離が生じ、サウンドスケープがネガティブに作用してしまう場合もあります。たとえば、水のサウンド(ウオーターサウンドやオーシャンサウンドなど)は、リアルな自然の川の水の流れや浜辺に打ち寄せる波などへのポジティブな感情を引き出しますが、そのサウンドの発信源が目に見えている音響機器(スピーカー)であると認識できてしまった場合、ポジティブな感情が引き出されないかもしれません。音響機器を設置するときは、視覚的な接触も考慮する必要があるのです。

茶の湯に見るおもてなしサウンドスケープ

サウンドスケープという考え方に、わたしたち日本人はほとんど馴染みがないように思われるかもしれません。しかし、これは決して新しい考え方ではありません。今か、品450年前、千利休によって大成した日本の茶の湯には、おもてなしの心あふれたサウンドスケープがデザインされています。

茶の湯の「茶事(招いた客に誓前、懐石、票、票をもてなす正式な茶会)」の流れを追いながら、そこに込められたさまざまなサウンドデザインを読み解いてみましょう。

客が、茶事の場に赴き、少しだけ開けられた戸を目印に進みます。亭主の迎え付け寄付と呼ばれる待合部屋に客が揃うと、その日招かれた人の数だけ板木を「コン」と打ち鳴らし、茶室で待つ亭主に全員揃ったことを伝え、露地を通り腰掛待合へ移動します。

「木づちの鳴り」は、寺社仏閣の習慣からくるもので、これが合図のサウンドになります。

 客は、博据(茶室に入る前に手を清めるために置かれた背の低い手水鉢)に注がれる水のサウンドを耳にし、心が清められます。サウンドによる感情誘導効果です。

 静寂な茶室のなかから、亭主の礼に迎えられ、客は樽据で心身を清めてから戸を静かに「スー」と開け、茶室の欄り口(入り口)から入室します。最後に入室する客は、あえて「トンッ」というサウンドを立てて戸を閉めます。これは、すべての客が入室したことを亭主に知らせる合図のサウンドになります。

 茶室に入室すると、下火の炭のやわらかな灯りと、時折聞こえる「パテパテッ」という炭のサウンド、茶室の外で草木の揺らぐサウンド、客が「スッスッ」と畳の上をすり足で歩むサウンドが茶室のサウンドスケープとなります。すり足で歩むサウンドの終了が、連客(その日のすべての客)が座ったことを亭主に知らせる合図になります。

 茶室のなかは、時折聞こえる「パチパチッ」という炭のサウンド、草木の「カササツ」「サーッ」というサウンドだけが感じられる静寂の空間となり、日常から非日常へと誘います。ここには、これから始まる楽しみと緊張感が演出されています。これも感情誘導効果です。

 客が皆座ったところで、炭手前が始まります。鳥の羽を束ねた羽ぼうきで亭主が炉の緑を「スッスッ」と掃く小さなサウンド。この清められたサウンドに、客たちは耳を澄ましています。

 その後、炭をくべて香を焚き、釜をかけ、一旦亭主は茶室から退席します。炭にかけられた釜のなかの水の温度が徐々に上がり、その「スー」「シューシュー」といった釜の湯のサウンドは、これからもてなされることへの期待と興味の感情を湧き立たせる演出効果をもつ前景育となります。

 いよいよ懐石のお膳が亭主によって運ばれてきます。ここでも、サウンドによる合図がなされます。汁のお椀を「スー」と吸いきり、椀の塞が「カタン」と閉まった小さなサウンドを襖越しに聞き、亭主は客に洒を注ぎ、勧めます。

 また、客は最後に着をお膳のなかに「カタン」と落とし、亭主に食事を終えたことを知らせます。

 食後、客は一旦茶室を退室し、外の腰掛で草木や風の自然のサウンドを楽しみながら用足しなどを済ませます。その間、亭主は床の間のしつらいを御軸から花に変え、主目的である濃茶の準備を整えます。

 再び迎え付ける際には、正客からの申し出を有難く受けて鳴り物で席入りを知らせます。鋼軽(青銅、真鎗、鉄などでできた打楽器)を「ボーンポーンボーンボーンボーンボーンボーン(太か大小申中大の音丑レベル)」と七点打ち、客に準備が整ったことを知らせます。

 自然のサウンドスケープに加えられる鋼錬のダイナミックな響きは、小休止していた客の心に、次にもてなされる期待と興奮を与えます。静けさと、そこに響く鋼礪のコントラストは、見事に客の心に響く、素晴らしいサウンドデザインといえます。

 再び茶室に入室した客は、床の間の花や点前座の道具を拝見し、あらためて座につきます。このとき、最後の客は出入口の戸を「カタン」 と軽くサウンドを立てて閉めます。

もうおわかりかと思いますが、このサウンドは、すべての客が入室したことを亭主に知らせる合図で、これをもっていよいよ茶のもてなしが始まります。茶室には釜のrシューシュー」と湯の沸くサウンドが響き、それは松風と呼ばれ愛されています。

 亭主は竹の蓋置きにその柄杓をひいて「コツ」と置き、そのサウンドを合図に主客総礼(深く礼をする)、茶室の窓に掛かっていた簾が巻き上げられて室内が明るくなります。このサウンドの合図によって、空間が「陰」から「陽」に変わります。これは、サウンドによる空間効果と感情誘導効果です。

 続いて、お茶を点てる茶先のrシャカシャカシャカシャ」と擦れるサウンド、柄杓で湯を注ぐサウンドが茶室のサウンドスケープに加わっていきます。湯水を注ぐサウンドは、注ぐ速度と位置の高さによってサウンドの高さや速さ(テンポ)に変化が生じ、茶室内の雰囲気もまた変化します。ここは亭主の力量、サウンドデザインの見せどころともいえます。

 客は、喫茶の景後に、「ずぅっ」と吸いきりのサウンドを出すように飲みます。(本書では、サウンド部分をかいつまんで茶事の流れをご紹介しましたが、実際の流れはこれらに複数の所作が含まれています。)

 このように、茶の湯では静寂のなかに亭主のもてなしのサウンドが効果的に使われています。露地の草木、鳥のさえずりなど自然のサウンドスケープは市中にあって山居の閑寂さを演出し、号】から繰り広げられる世界は、亭主のもてなす数々のサウンドデザインによって、さらに効果的な演出を創造しています。

 また、サウンドは、亭主と客とのあいだのコミュニケーション合図の役割も果たしています。

 過剰な演出や言葉の表現はなく、湯の沸くサウンドなどを前景に取り込み、ときには、茶究でお茶を点てる「シャカシャカシャカシャ」という速さのあるサウンドで、もてなしの茶への期待感を高める。柄杓の「コツLというサウンドで雰囲気の変化を演出し、小休止から次のステージヘ誘う銅鐸で高揚感(覚醒)を与える。どれも素晴らしい創意工夫によるサウンドデザインといえます。

 客の情緒を引き出し、感情を揺さぶり、サウンドによって記憶を呼び起こし、さらにまたサウンドによって行動を喚起させる。主客の精神的な一座建立を目指す偲び茶を大成させた千利休は、能楽に代表される幽玄の世界を踏まえながら、サウンドオブサイレンスともいうべき美学を効果的に取り入れたといえます。

 そこには、人間はこの自然の一部であり、茶室という空間に宇宙があるという茶禅一味の思想を背景とし、華美な装飾や演出をそぎ落としていくマイナスの美学を追求した日本的美意識が表れています。自然のサウンド、サウンドスケープをよく意識し、互いのコミュニケーションや、もてなしの心を演出するサウンドデザインの効果。このことに、戦国の世を生きた千利休は気づいていたのかもしれません。

  サウンドには、わたしたちの潜奄的な記憶に働きかけ、わたしたちを誘導する力があります。しかも、その力はわたしたちが思っているよりも強力です。日用品をまとめ買いしたのも、フランスワインを員ったのも、お店に流れていたサウンドのせいかもしれない……。

 サウンドにそこまでの力があるとはすぐには信じられないかもしれませんが、数々の科学的なエビデンスがその力を証明しています。本章では、気づかないうちにわたしたちの意思決定に働きかけるサウンドの力と、その応用例をご紹介します。

高いピッチは感情を盛り上げる

 ショッピングモールに出かけるとき、目当ての買い物や食事だけを目的にしていますか? そうではありませんね。予想もしていなかった商品やサービスとの出会いも、楽しみの一つです。わたしたちは、楽しい体験を求めてショッピングモールを訪れているのです。この期待感に施設側がきちんと応えてくれるなら、わたしたちはそこでより多くのお金を落とします。

 これを演出するのは、どのようなサウンドスケープなのでしょうか? ショッピングモールにふさわしいのは、買い物や食事を盛り上げてくれるサウンド。そうであるなら、高いピッチ(高童のメジャー・サウンド(長調‥明るいイメージを感じるサウンド)がぴったりです。これらは、幸福やユーモアを引き出すことが知られています。

一方、低いピッチ(低章やマイナー・サウンド(短調=暗いイメージを感じるサウンド)は、悲しみを含む深刻な感情を引き出します。

ショッピングモールに限らず、施設のコンセプト、対象顧客、販売内容や目標に合致したBGMを戦略的に選択することは、モの場にあった自然な感情†ブメント(喜怒養慧どの心の動き)を引き撃-し、その場を心地よいと感じさせることに繋がります。

「誘導」というと操られているような印象を受けるかもしれませんが、サウンドパワーは、わたしたちの自然な感情を引き出し、それを増幅することで、導いてくれるものなのです。

 お酒を勧めるならアップテンポ

 もしもこれからレストランを開くとしたら、どのようなBGMをかけますか? スローテンポの落ち着いた曲でしょうか? それとも、アップテンポのポップ・サウンドでしょうか?

 第2章でご紹介したスーパーマーケットとのときと同じように、スローテンポのBGMにしたはうが、顧客が店内に滞在する時間は長くなります。一般的に、小売店や他の商業・複合施設では、滞在時間と売り上げのあいだに相関関係があります。しかし、飲食店においては、この相関関係が見られないというのが特筆すべき点です。

 スローテンポのBGMが再生されると、入店してから食事を終えて退席するまでの時間、すなわち、店内に滞在する時間が長くなります。ここまでは小売店と同じです。しかし、料理の注文量は滞在時間が長くなるからといって、大幅に多くなるわけではありません。一度に食べられる量が、滞在時間に比例して増加するわけではないためです。

 ただし、アルコール飲料の支出にフォーカスしてみると事情が少し変わってきます。滞在時間に比例してアルコール飲料の注文が多くなるのです。

 ある研究調査によると、アップテンポのBGMが再生された環境下でのアルコール飲料の注文数は、スローテンポのBGMが再生されたときと比べ、1テーブルあたり平均約3杯も)多くなるといいます。

 しかし、お酒をたくさん注文してほしいからと、むやみにアップテンポのBGMを採用するのは考えものです。レストランやカフェを訪れた顧客の多くが、「音楽がそのレストランやカフェのブランドやスタイルにマッチすることが重要である」と報告しています。ブランドイメージに合わないBGMで顧客が離れてしまうとしたら本末転倒です。

ヒットチャート・サウンドの効果

 多くの人によく知られているヒットチャート・サウンドを店内で再生することには<、どのような効果があるでしょうか? ヒットチャート・サウンドとあまりなじみのないサウンドをBGMとして流したときの効果を調べた研究の結果はとても興味深いものとなっていました(7)。 なんと、あまりなじみのないサウンドが流された場合のはうが、ヒットチャート・サウンドより、人々が店内に滞在する時間は長くなったのです。

 これはおそらく、ヒットチャート・サウンドを聞くことで、「あ、聞いたことあるぞ」という顧客の記憶が刺激され、興奮度が高まり、それによって歩く速度が速まるためだと考えられます。

 つまり、ヒットチャート・サウンドには、アップテンポの曲を流したときと同じような誘導効果があるということです。

 新しいアイデア、革新的な製品、エキサイティングな企業がひしめき合うコンペティティブな近年の市場では、企業ブランドを確立し、認知させていくことが、これまで以上に重要になってきています。

 マーケティング担当者は従来、企業ブランドをイメージしてもらう方法として、ヴィジュアル・ロゴ(視覚認識ロゴ)、特定の色(ブランドカラー)、文章(テキスト)など、ヴィジュアル表現を使ったアプローチを取ってきました。

 ここに、サウンドパワーを取り入れることはできないのでしょうか? もちろんできます。事実、世界は今、ヴィジュアルのアプローチから、次世代に向けた新しいブランディング「ソニック・ブランディング」 に取り組み始めています。

 そして、ソニック・ブランディングを採用した企業は、サウンドパワーを活用し、ターゲット・オーディエンスとの親和性を高めていっています。ハーバード・ビジネス・レビューの研究では、サウンドをブランディングに使うことでサービスや製品を明確に差別化できることがわかった、と発表しています。

新時代のビジネス戦略

「ソニック・ブランディング」

 このサウンドを聞いたとき頭に浮かぶ企業はなんでしょうか? もちろん「マクドナルド」ですね。サウンドを問いただけでその企業のことが連想される。しかも、そのサウンドが企業のブランド・アイデンティティまでも伝えてくれる。このように夢のようなことを可能にしてくれるのが、「ソニック・ブランディング」です。

 これは、視覚的に飛び込んでくる企業ロゴと同じように、耳から飛び込んでくるサウンドによって企業アイデンティティを顧客に強く印象付ける、次世代のビジネス戦

略でず。

 サウンドパワーを活用したソニック・ブランディングは、企業と顧客をつなぎ、企業ブランドを文化や言語、さらにはヴィジュアルの世界さえも超えて多くの人々に伝える、強力なパワーをもっています。

 言語が違ってもすぐわかる

 先程ご紹介した「BadaBaBaBaト∵ざー○くinご{」というサウンドをもう一度思い出してみてください。ここに出てくる言葉は英語ですが、わたしたちのように英語圏の人でなくても、この躍動感のあるサウンドを聞くことで、すぐにマクドナルドを思い浮かべます。

 世界中のどのような言語圏にいようと、一種猥のサウンドから特定の企業ブランドをイメージできるというのは、あらためて考えてみるとものすごいことです。

 さらにこのサウンドは、ブランドを想起させると同時に、ポジティブなメッセージをわたしたちに伝えています。「i-m-○くinごt」 というサウンドのコマーシャルパワーを調査した研究(川)によると、そのサウンドだけでファストフードに対する人々の印象が良くなったといいます。

 このサウンドを聞いた後、顧客の、マクドナルドに対する「ハッピー」という感情が9%上がったというデータもあります(マーケティングにおいて「ハッピー」の感情は、友人に共有したりリツイー卜するなど、身近な人とシェアする可能性が高くなるという意味をもちます)。

 ドー、ド・ファ・ド・ソ

 日本に住む方は、アメリカ人ほどピンとこないかもしれませんが、「インテル」 のソニック・ブランディングは、成功している代表例とされています。それは、「D・n}Ba bababan(実音‥ドー、ド・ファ・ド・ソ)」 という、たった5つの書からなる短いサウンドです。

 このサウンドは、インテル・インサイドキャンペーンの一環として、1994年に初めて導入されました。このシンプルなサウンドは、4半世紀も前に作曲されたものですが、これによってインテルは、世界でもっとも認知度の高い企業ブランドの一つとなりました。

 サウンドを作曲したワーゾワ氏によると、「インテル インサイド(∥本では「インテルはいってる」)」のタグライン(顧客に提供しているコアとなる価値を言葉で表現したもの)を聞き、そのとき頭のなかに響いたリズムをもとにこれを制作したのだといいます。

日本はまだモの重要性に気づいていない

 ソニック・ブランディングは、ただ単に、顧客やクライアントに、企業名や商品、サービスを覚えてもらうためのツールというわけではありません。繰り返しになりますが、これは、サウンドの力を使って、企業ブランドに対する「感情・記憶・行動」を喚起するビジネス戦略です。

 ところが、ソニック・ブランディングには非常に多くのメリットがあるにもかかわらず、日本国内ではまだ本格的に取り組む企業が少ないというのが現状です。

 ソニック・ブランディングは、欧米の企業や大企業が取り組むことと考えられているようですが、今後、スマートスピーカーの普及など、顧客と企業がサウンドによってコミュニケーションする機会はどんどん増えていきます。今こそ、認識をアップデートする絶好の機会といえるでしょう。次節からは、ソニック・ブランディングがどのようなものかを掘り下げていきます。

ソニック・ブランディングの3大要素

 ソニック・ブランディングには、顧客と企業が出会うシーンに応じて、いくつかの異なる「タッチ・ポイント」、より正確に表現するなら、「サウンド・ポイント」があります。たとえばスマートスピーカー(グーグルやアマゾン等)、電話の保留音(音楽)、テレビ広告、ラジオ広告、企業内ビデオ、ウェブサイト、会社のウェイティングエリアのBGM、提供する施設内のBGMなどです。ソニック・ブランディングを行うというのは、すべてのサウンド・ポイントで、企業ブランドを統一するということです。

 そのためには、何が必要だと思いますか?

 ここでまず必要となるのが、『ビジネス(節米せムJです。国を象徴するものとされる 「ナショナルアンセム(国歌)」のように、その企業を象徴するものが「ビジネスアンセム です。これは、企業アイデンティティを表現し、伝えていくための「メッセージ」と捉えると考えやすいでしょう。

 ビジネスアンセムは、言葉によるメッセージですが、これを、サウンドで表現したものが 「サウンド・ビジネスアンセム」です。 サウンド・ビジネスアンセムは、企業の理念や理想を言葉にしたビジネスアンセムを苦として発信するサウンド・エクスプレッションであり、従業員の意欲を向上させ、会社に対するロイヤリティーを高める社歌とはまったく性質の異なるものです。

 そして、ビジネスアンセムをひと目、ならぬひと聞きで認識できるように表現したものが、「ソニック・ロゴ」 です。

 ソニック・ブランディングは、①ビジネスアンセムを起点に、それをサウンドで表現した②サウンド・ビジネスアンセムと、印象的な短いサウンドに圧縮した③ソニック・ロゴから構成されるものなのです。

サウンド・ビジネスアンセム

 企業の理念や理想、事業内容、顧客とのつながりを、ビジネスアンセムとしてシンプルな言葉でまず表現し、それに基づいてサウンド・ビジネスアンセムを制作していきます。サウンド・ビジネスアンセムは、企業アイデンティティをサウンドとして伝えるものであり、企業と顧客とのあいだに感情的つながりをつくります。顧客にとってそれは、個人的なストーリーや感情を記憶する、一種の記憶媒体として機能します。

 では、サウンド・ビジネスアンセムは、わたしたちにどのようにしてメッセージを伝えているのでしょうか? 具体例を見てみましょう。ブリティッシュ・エアウェイズのサウンド・ビジネスアンセムは、オペラ「ラクメ」の 花の二重唱(Flower Duet)」です。「花の二重唱」 は、1881年に作曲されたオ

ペラ「ラクメ」での劇中、女性2人(ソプラノとメッツォ・ソプラノ)が奏でる有名なデュエット曲です。

 ブリティッシュ・エアウェイズは、この既存楽曲をサウンド・ビジネスアンセムとして、テレビやラジオのCMや搭乗、機内などで採用しました。ブリティッシュ・エアウェイズを利用されたことのある方は、一度は耳にしたことのあるサウンドだと思います。「花の二重唱」 がわたしたちからどのような感情を引き出すか、簡単に見ていきましょう。

▼「クラシック音楽」 「オペラ」 というジャンルから感じられる、伝統、上質、歴史、高級感、上品、落ち着き、安心感、ストーリー性

▼女性2人の歌唱デュエットによる、優しさ、きめ細かさ、美しさ、繊細さ、ていね いさ、上品さなどのイメージ

▼穏やかな旋律が与える、激しくない、柔らかい、穏やか、安定感、前進、広がりなどの印象

 これらを総合すると、ブリティッシュ・エアウェイズのサウンド・ビジネスアンセムからは、r伝統ある侶頗感、きめ細かでていねいなサービス、安定感のある安全で快適な飛行、上裳なフライ上といったメッセージが読み取れます。

 ブリティッシュ・エアウェイズのように、すでに社会に存在する既存曲を採用する場合は、そのサウンドからビジネスアンセムのストーリーを語ることができるかどうか、そのサウンドで顧客にどう感じてはしいかという2点を基準に選曲することが大切です。

ソニック・ロゴ

 サウンド・ビジネスアンセムがそうだったように、ソニック・ロゴもまた、顧客と企業ブランドが共有する価値観が記録されている一種の記憶媒体です。ただしこちらは、「ロゴ」なので、ギユツと短く圧縮されたサウンドとなります。これは、ジングルと呼ばれる、テレビやラジオなどで場面が切り替わるときの合図苗とは一線を画するものです。

 これまでに「ソニック・ロゴ」なんて聞いたことがないと思う方もいるかもしれま

せんが、そんなはずはありません。ソニック・ロゴはわたしたちのサウンドスケープ

のなかに、すでにいくつも侵入してきています。

 ウィンドウズやマックの起動音もそうですし、先程ご紹介したマクドナルドの「i〉ー○くin∴【」、インテルの「D・n.Babababan」もそうです。そして、このソニック・ロゴ、欧米企業やグローバルカンパニーの専売特許ではありません。最近はあまり聞く機会がなくなりましたが、屋台ラーメン(夜鳴きそば)のチャルメラのサウンドは大正時代から、また豆腐屋のラッパのサウンドは約230年前の江戸時代から続く「ソニック・ロゴ」 です。

 これらのサウンドは、ただのニーモニック(何かを記憶しやすくするためのシグナル。記憶するための替え歌)や、特に意味のない 「ただの音」として聞こえているかもしれません。しかし、企業にとってこれらのサウンドは、非常に重要な戦略的効果をもっています。

ソニック・ロゴは今後さらに重要性を増す

 魅力的なソニック・ロゴは、企業ブランドを際立たせます。サウンドによるソニック・ロゴは、顧客にその企業ブランドを想起させ、感情を呼び起こし、ブランドとのつながりを強化するからです。

 その背後にあるのが、短いサウンドから記憶や感情を呼び起こす苫の力、サウンドパワーです。携帯電話から聞こえる雑音で、相手がどこにいるかが分かるように、わたしたちは、サウンドの断片やノイズから、地理的な場所をいとも簡単に特定することができます。

 また、サウンドから時間情報を取り出すこともあります。たとえば、「夕焼け小焼け」の出だしのサウンドを数秒間いただけで、「あ、もう夕方だ」と気づきます。緊急地震速報のサウンドのように、わずか1秒にも満たない時間で注意喚起を促すことさえ可能です。

 ビジネスアンセムに沿って制作されたソニック・ロゴは、顧客と企業のつながりを強化させるだけではなく、その企業のことをまだ知らない未来の顧客にもブランドを広める可能性をもっています。当然のことながら、ソニック・ロゴがビジネスアンセムに沿って制作されていなかった場合には、企業の本来の理念とは異なったイメージが人々に伝わってしまいます。

 ヴィジュアル・ロゴは、それを見た人の関心を引くものですが、ソニック・ロゴは、たとえその人の関心や注意が別の場所にあったとしても、24時間休むことない聴覚から流れ込み、人々にメッセージを伝えていきます。そのため、ソニック・ロゴは、ヴィジュアル・ロゴと同じくらい、いやそれよりももっと明確に企業ブランドを表現するように細心の注意を払って作られなければなりません。みなさんの身の回りにも普及し始めているアマゾンの「アレクサ」やグーグルの「グーグルホーム」などの′郡部脈暇ン鵬忍黙梢峨発のことを考えると、ソニック・ロゴの必要性が高まることは明らかです。

 また、これらに限らず、新たな「サウンド・ポイント」で顧客とのコミュニケーションを迫られる場面が、今後さらに増えていくことも間違いありません。ソニック・ロゴは、今後ますます重要なものとなっていくでしょう。

ロゴは、見るから聞くへ

 マスターカードは、2019年2月、アメリカで、「ソニック・ブランド・アイデンティティ」を発表し、新たなるソニック・ブランディングの分野にデビューしました。スマートフォンやその他のモバイルデバイスに対応し、これまで世界中の人々に知られてきたビジュアル・ロゴから、ブランドネームを削除したのです。

 その結果、消費者がマスターカードとして認識できるような、赤と黄色の円のみが残されることとなりました。ナイキの象徴的なロゴや、アップルのひと口かじられたリンゴのロゴなど、わたしたちはこれまでに、グローバルブランドの企業名の無い「無言のロゴJ を見てきましたが、マスターカードもその仲間入りをしたというわけです。

 現在消費者は、1日あたり約5000もの広告にさらされているといわれています。これほどまで大量の情報があふれかえっているなかで、消費者の注意を特定の企業に向けさせるのは簡単なことではありません。さらに、ポッドキャストや、アマゾンのアレクサやグーグルホームのような、スクリーンレスデバイスの使用が増加している世界では、消費者がスクリーンで「ブランドを『見る』」時間はどんどん短縮されていきます。

 スクリーンレスのデバイスでは、言うまでもなく、マスターカードを「見る」ことはできません。スクリーンレスの新たな環境からは、マスターカードを「聞く」ことになります。

 このような消費者の行動変化からも、企業はこれまでとは違った方法で、ブランドを識別可能なアイデンティティを表現して、消費者のブランド認識を高めていく必要性に迫られています。

400億ドルの巨大市場の覇権争いが始まっている

 「音声によるボイスショッピングのマーケットは、イギリスとアメリカを合わせて、2022年までに400億ドル(約4兆4干億円) に達する(ほ)見込みで、サウンド・ブランド・アイデンティティは、企業ブランドと消費者を新たな次元で結びつけるだけではなく、消費者がますますデジタル化、モバイル化する世界でショッピングや、生活、支払いを可能にするツールでもある」と、マスターカードはプレスリリースで発表しています。

注目すべきは、なんといっても400億ドルという市場規模でしょう。ソニック・ブランディングは、この巨大市場の覇権争いの主戦場となることが見込まれています。もちろん、マスターカードだけがソニック・ブランディングに注目し、新たな方法を模索しているわけではありません。競合企業のビザカードも、これまでのヴィジュアル・ロゴや既存のマーケティング媒体を超えた、新たなブランド・アイデンティティの構築を試みているようです。

 さらに、マスターカードやビザカードなど、クレジットカード以外の他業種企業も、この新しいブランディング戦略に投資し、顧客と企業ブランドとの新たなリレーションを構築しようとしています。こうした企業ブランドの新たなる挑戦によって、わたしたちのライフスタイルや既存概念が大きく変わっていくことでしょう。

 マスターカードが今回デビューした 「新たなる」 ソニック・ブランド・アイデンティティのような戦略は、まだ十分には活用されていません。マスターカードは、それを変えるための第一歩を踏み出したにすぎません。マスターカードがプレスリリースで説明しているように、ソニック・ブランディングを制作することは、単にサウンドやソニック・ロゴを制作して、それらをCMで使用することだけでは十分ではないからです。

 マスターカードは、世界中のミュージシャン、アーティスト、エージェンシーや音の専門家を含む多くの異なるプロフェッショナルにアドバイスを求め、サウンド・ビジネスアンセムの制作に臨みました。「メジャー・サウンド=明るい」「マイナー・サウンド=暗い」 のように、サウンドから表現された感情の一貫性が見込まれるスタンダードを維持しながら、異なる文化

との共感をも高め、世界的に適応された新しいスタイルのサウンド・ブランディング戦略にチャレンジしています。日本に導入される日ももうすぐ(?)。今から楽しみですね。

 サウンドは、人々がブランドとのリレーションを構築していくための強力なツールになります。誰かが自社のソニック・ロゴを口ずさみ、あるいはハミングしている。そんなシーンに出会う機会が近い将来訪れるかもしれません。

成功するソニック・ブランディング6つの特徴

 今後、ソニック・ブランディングが企業にとって非常に重要なものとなってくること、おわかりいただけたでしょうか。では、印象に残る、ブランドに対するポジティブなイメージを伝えるソニック・ブランディングとはどのようなものなのでしょうか。最後に、このことについて考えていきたいと思います。 私自身コンサルティングに携わることも多く、その経験から、成功するソニック・ブランディングには次のような特徴があると感じています。

1 サウンド・ポイントを網羅している

 そのブランドにぴったりのサウンド、広告にふさわしいサウンドを選ぶことがソニック・ブランディングではありません。企業が発信するサウンドと顧客との接点、すなわち、「サウンド・ポイント」はもっとたくさんあります。たとえば、電源を入れたときに発するデバイスのサウンド、ウェブサイトをクリックしたときの1秒未満のサウンド、販売店のBGM、電話の「保留」サウンドなど。こうしたサウンド・ポイントをしっかりとカバIできているかどうかがポイントとなります。

2 顧客像が明確

 「あなたの会社がターゲットとする、平均的な顧客は何歳ですか?」

 「彼らはどのような製品、サービスを求めていますか?」

 「競合企業はどのようなサウンド・ブランディングをしていますか?」

 成功するソニック・ブランディングは、これらの間にはっきりと答えることができます。サウンドによるメッセージを伝えたい顧客像が明確になっていて、その顧客にどのように感じてほしいかが明文化されているからです。これがあるからこそ、ブランドイメージを正確に伝えるサウンドを作り出すことができる、ともいえます。

3 サウンドで感情を引き出している

 成功するソニック・ブランディングには、顧客の感情をうまく引き出すようなサウンドが求められます。

「i}m-○まnご【」 の躍動感がそのいい例です。あるいは、メールを送信するときにアップルのデバイスから聞こえる「フーツ」というサウンド。あのサウンドから、メールが無事送られているという安心感が得られます。

4 オリジナルのサウンドを制作している

 コンサルティングの現場では、人気アーティストの曲、お気に入りの曲を採用したいと言われることがよくあります。 しかし、それが最良のソニック・ブランディング戦略になることはめったにありません。

 そのポピュラーソングについてのイメージがすでに固まっていることが多く、クライアント企業の求めるイメージを十分に表現することができないからです。自社の個性を強調し、ユニークさを顧客に印象付けるサウンドをゼロから制作することで、ソニック・ブランディングを成功に導くことができます。

5 シンプル・イズ・ザ・ベスト

20世紀フォックスやインテルなど、優れたソニック・アイデンティティをもつ企業の共通点は、顧客が瞬時に認識できる、言葉に頼らない 「音色のサウンド」を採用していることです。顧客にブランド・アイデンティティを伝えるためのサウンドは、数秒間もあれば十分なのです。

6 一貫したしたサウンドを用いる

 ソニック・ブランディングとして制作されたサウンドは、その企業を表現する「指紋」となります。特定の企業向けにパーソナライズされたサウンドは、企業の将来を左右する大きな価値をもちます。製品やサービスごとに異なる音楽を採用するCMと違い、ソニック・ブランディングでは、異なるサウンド・ポイントの間でも、同じメッセージを伝えるサウンドを用いることが求められます。一貫したサウンドは、顧客からの信頼と親密さの強化につながります。

 あなたは、自分の声に自信がありますか? 同じことを話しているのに、人を動かすことができる人と、そうでない人がいる。その違いは、声のサウンドパワーの差なのかもしれません。

 どのような声を発するかに、あなたのリーダーシップは大きく左右されます。日々の会話からミーティング、交渉、決算報告や投資家へのプレゼンテーション、スピーチなど、あらゆるビジネスシーンで「声」というサウンドが、存在感やカリスマ性を表現しているからです。

 自信に満ちた顔つきの人から、信頼できる声を聞く。これによって、その人の好感度はぐつと高まりますね。わたしたちは、他人に対する第一印象を複数の感覚情報から築き上げます。このとき声は、顔の表情や外見などの視覚情報と並ぶ、第一印象を形成するもっとも重要な情報となります。

 本章では、聞き手の関心を引き、伝えたい情報を正しく発信するための声のサウンド表現戦略、「サウンドオーラルストラテジー」についてご紹介します。

サウンドオーラルストラテジー 6つのポイント

 魅力的で説得力のある声(サウンド)をもっていれば成功への道が開かれる、というわけではありませんが、ビジネスの成功者やさまざまな国の政治家たちが、スピーチのトレーニングを行っていることはまぎれもない事実です。スピーチトレーニングというと、息継ぎのタイミングや滑舌を改善するボイストレーニングのイメージがあるかと思いますが、サウンドオーラルストラテジーはもっと広い領域をカバーするものです。単語、声のピッチ(高さ、低さ)、話すテンポ、スピーチするときの強調やブレイク(静寂の間合い)などを、総合的に、そして戦略的にデザインしていくのです。

このとき考慮すべきものは主に、

①「音色」

②「ピッチ」

③「テンポ」

④「音量レベル」

⑤「静寂」

◎「プロソディー」

です。それぞれについてポイントを見ていきます。

1 音色‥効果的な語彙を選ぶ

2016年、当時のアメリカ合衆国オバマ大統領が、広島を訪問した際のスピーチでのことです。彼は、あるセンテンスのなかで、「Hibakusha(ヒバクシャ)」という語彙を採用しました。「A【Omic bOmbまctim(アトミックバンプビクティム)」 と表現しても何ら問題はなかったことでしょう。むしろ、その方が自然かもしれません。

 オバマ元大統領は、なぜあえて「エibakusha」という語彙を選んだのでしょうか? 聞き手の心に響くスピーチでは、語彙の選択が慎重に行われています。同じ意味をもつ単語でも、どのように表現するかによって、聞き手の印象が異なってくるからです。

 オバマ元大統領が、日本に向けて発信するこのスピーチのなかで、「ヒバクシャ」という日本語の語彙を選択したことには、もちろん戦略的な背景があります。オバマ元大統領は、スピーチのなかに日本語のサウンドを挟むことで、被爆者やその遺族、そして日本国民に対して、その言葉以上の感情を伝えようとしたのです。

 わたしたちは、母国語のサウンドを鋭くキャッチすることができ、このとき親しみや共感、友好的な感情を覚える傾向があります。海外旅行に行って、「コンニチワ」「アリガトウ」などと話しかけられると、つい振り向いてしまったり、余分に買い物をしてしまうことがあるのも、このためです。

 あなたの発言に聞き手にとってキャッチしやすい語彙が含まれていて、さらにそれが共感を覚えやすい語彙だった場合、聞き手の理解を深め、心に響く影響力のある発信となります。

2 ピッチ‥ベースピッチは低く

 誰かが高いピッチで 「キヤー」と声を上げれば、はとんどの人がその声の方向に注意を向けますね。高いピッチの声は、人を覚醒させる、つまり、注意を引く効果があります。

 乳幼児の泣き声が高いピッチなのは、母親を含めた周囲の大人たちからの注意を引くことができるからであり、また母親らが乳幼児に対して簡略化した話しかけをする「マザリーズ」 が高いピッチなのは、乳幼児の関心を引きつけ、言葉への注意を持続させる効果が見られるからです。

 一方、低いピッチのサウンドはどうでしょうか? 全米の上場企業800社の男性CEO792人の声の研究から、低いピッチで深みのある声の人は成功を収める可能性が高いことが示唆されました。この調査は、男性を対象にしたものでしたが、女性の場合も、低いピッチのほうが説得力や落ち着きのある印象を与えます。

 イギリスのサッチャー元首相は、自身のもともとのピッチよりも低いピッチで話すトレーニングを行っていたことが知られています。低い、深みのある声は、聞き手に安心感を与えるため、その話の内容や人間のキャラクタ一に対しても信頼性が高まり、社会的優億性、カリスマ性、リーダーシップなどを感じさせます。

 あなたの声が 「低い、深みのある」ものではなくても心配はいりません。呼吸や口の開閉のトレーニングによって 「声」を作ることができます。強く深みのある声、表現力豊かな声は、横隔膜呼吸(腹式呼吸)から始まります。 お腹を膨らませるようにして息を鼻から吸って、その息を胸部に響かせるようにして声を出してみると、身体が楽器になったかのように、響きと深みのある声が出るようになります。

 また、あくびをするように口をゆっくりと縦に大きく開けてみると、口腔内のスペースを感じることができます。発吉の際に、口をよく動かし、口腔内のスペースを意識して発声のトレーニングをすることで、はっきりとした声となります。英語などと比べ、日本語は口腔内のスペースや顔の筋肉を使わなくても発話できる言語ですが、スピーキングスキルを身に付けるためには、このような発声トレーニングが有効です。

 このような腹式呼吸や口腔内スペース、口の開閉トレーニングを毎日行っていくと、徐々にオリジナルの声から磨かれた声に変わっていきます。そのうえで、低いピッチの声を出してみてください。トレーニングを経たあとで発せられた声は、磨きのかかった魅力的な声に変化しているはずです。このトレーニングは、オリジナルの声がもともと低い方にもおすすめです。声帯に過度な負担がかからない発声になり、魅力的かつはっきりと聞き取りやすいサウンドになります。間違っても、「低い、深みのある声」を出そうと、下を向いたり力んだりしないことです。

 なお、ベースピッチは低めを保ち、注意を促す一部の内容のみピッチを高くする方法もあり、「ダイナミクスサウンド」と呼ばれます。ピッチの高低差による効果の違いを生かしたワンランク上のサウンドオーラルストラテジーとなります。

3 テンポ‥ベーステンポはゆったりで緩急をつける

 眠気を誘う講義をする先生の話し方を思い出してみてください。速いテンポだったり、ゆったりしたテンポだったりと、話す速さはまちまちだったかもしれませんが、ずっと早口、あるいはずっとゆったりなど、話のテンポが一律ではなかったでしょうか?

 テンポが変わらない話し方では、聞き手の関心や注意を持続させることができません。 効果的に話をするためには、話す内容、場所、聞き手の属性などを考慮して、条件に適したテンポを選ぶことが必要です。原則は、ベーステンポをゆったりめにすること。クリアな発信ができるのはもちろんのこと、安定感・誠実さ・知性・落ち着き・上品さ・信頼性を表現することができます。人前で話をするシーンでは、緊張からテンポが速くなる傾向があります。これは、自信のなさや未熟さ、信頼性に欠ける印象を聞き手に与えますので、要注意です。

 そもそも、耳で聞いた音を理解するスピードは、一般的な内容の場合で1秒間に7文字分といわれています。そのため、1秒間に6文字以下のゆったりとしたスピードで話すことで、聞き手に伝わりやすくなります。ちなみに、NHKは、1秒間に5文字です。アナウンサーがニュースを読むテンポを参考にしながらベーステンポを決めてみてください。

 そのベーステンポを基調に、熱意を示したいところでテンポを上げる、キーワードとして強調したい、あるいは、強い意思を示したいところでテンポを下げるなど、緩急をつけることで、聞き手を引きつけるスピーチとなります。退屈な授業とは反対のことをすればいいわけです。

4 音量レベル‥あえてささやくのも大事

 音量レベルも、「3テンポ」と同様、メリハリがないと聞き手を飽きさせてしまいます。強調したい内容を話すときは、自然と大きな声になりがちですが、聞き手の関心を引きたい、親密さや特別な内容として表現したい場合は、あえてささやくような音量レベルで発信するというのも効果的です。スピーチやプレゼンテーションなど、あらかじめ原稿を用意する時間がある場合は、原稿に強弱のサインを書き込み、それに従って音読したものを録音するなどして、客観的に聞き直してみるのが有効です。

 ちなみに、私がスピーチコンサルティングを行う際は、原稿にあらかじめ強弱記号Tff‥大きい、p‥ささやき)を書き込むようにしています。

5 静寂‥しっかりと息継ぎをして、間合いを取る

 聞きやすい話には、センテンスとセンテンスのあいだに十分な間合いがあります。あなたの話はどうでしょうか? 実は、多くの方が、この間合いを十分に取れていません。これは、聞き手の理解度を低下させるだけでなく、自信のなさや、信憑性の欠如、懐疑、経験不足などネガティブな印象を与えます。その原因の一つが、呼吸です。想いが強く、興奮・緊張状態にあると、息継ぎが浅くなってしまいます。息継ぎが浅くなるということは、センテンスとセンテンスのあいだ、間合いが短くなることを意味します。

 また、呼吸が浅くなることによって喉に負担がかかり、息苦しさやそれに伴う発汗、顔の紅潮なども起こります。結果として、自身の考えを正確かつ冷静に発信することができなくなってしまいます。

 息継ぎが浅くなることについて、話し手自身気づいていないケースが多くあります。しつかりと息継ぎをして、間合いを取るよう心がけましょう。

 特に注意を向けてはしい内容を話すときは、直前のセンテンスの終わりから次のセンテンスが始まるまでのあいだで5秒間の間合いを取ります。スピーチやプレゼンテーションなど、スピーキングにおける「5秒間」は、わたしたちがふだん感じる5秒間よりもずいぶんと長く感じられます。この静寂を恐れてはいけません。

 話し手にとっても、この5秒間はかなり長く感じられますが、静寂の間に次の発言内容に注意が向き、興味や関心が高まります。「1音色」で例に挙げた大統領のスピーチでも、「H旨akusha」という語彙が出てくるセンテンスの直前に5秒間の間合いが設けられています。

6 プロソディー‥抑揚をつける

 効果的に話すためには、プロソディー(抑揚)が重要です。プロソディ一には、聞き手の注目を集めたり、伝えたい情報を正しく発信し、理解を促す効果があります。抑揚を付ける方法はさまざまあり、ここまでにご紹介してきたものと重なるところもありますが、左記にまとめてご紹介します。

▼選択した語嚢を適切なアクセントではっきりと発声する。

▼伝えたい内容や意味をフレーズで区切る。

▼ベースピッチを低くしたうえで、高くしたり低くしたり変化させる。

▼ピッチが高くなっていかないように注意する。

▼不適切な箇所でイントネーションを上げないようにする(質問や同調を求めるときに上げるのはOK)。

▼ベーステンポを決め、効果的に速度を変化させる。

▼効果的な間合いを取り、静寂から聞き手の注意や関心を引く。

▼過度な抑揚は控える。

▼センテンスの合間に「え-」「え-と」「あの-」などを挟まない。

 声のサウンドパワーを十分発揮していくには、1~6を組み合わせたデザインが重要です。発信したい内容、伝えたい感情、ターゲット(聞き手) の分析を行い、いかに声をデザインしていくかは、今後やってくるサウンド社会のなかで戦略的に取り組む課題となるでしょう。アレクサやシリにはまだないリーダーの響き。成功のサウンドを作るサウンドオーラルストラテジーは、わたしたち人間にこそ実行できることなのです。

 ある研究調査によると、アップテンポのBGMが再生された環境下でのアルコール飲料の注文数は、スローテンポのBGMが再生されたときと比べ、1テーブルあたり平均約3杯も多くなるといいます。

 しかし、お酒をたくさん注文してほしいからと、むやみにアップテンポのBGMを採用するのは考えものです。レストランやカフェを訪れた顧客の多くが、「音楽がそのレストランやカフェのブランドやスタイルにマッチすることが重要である」と報告しています。ブランドイメージに合わないBGMで顧客が離れてしまうとしたら本末転倒です。

 ヒットチャート・サウンドの効果

 多くの人によく知られているヒットチャート・サウンドを店内で再生することには、どのような効果があるでしょうか? ヒットチャート・サウンドとあまりなじみのないサウンドをBGMとして流したときの効果を調べた研究の結果はとても興味深いものとなっていました。なんと、あまりなじみのないサウンドが流された場合のほうが、ヒットチャート・サウンドより、人々が店内に滞在する時間は長くなったのです。

 これはおそらく、ヒットチャート・サウンドを聞くことで、「あ、聞いたことあるぞ」という顧客の記憶が刺激され、興奮度が高まり、それによって歩く速度が速まるためだと考えられます。つまり、ヒットチャート・サウンドには、アップテンポの曲を流したときと同じような誘導効果があるということです。

 商品の内容とその空間の雰囲気によって顧客は購入を決定していくことになりますが、ときとして、サウンドによって演出された雰囲気が、商品そのものよりも強く購入の決定に影響することがあります。つまり、適切なサウンド(サウンドスケープ)とは、その空間の責任者や担当者の「好みのサウンド」ではないということです。

サウンドを採用するヒント

●テンポ‥顧客の移動速度に影響

アップテンポ       移動速度を速める

             目的の商品セクションヘ向かわせる(視野狭窄、前進効果)

             店内滞在時間が短くなる

スローテンポ       移動速度をゆっくりにする

             目的以外の商品セクションヘ向かわせる

             (視野の広がり、立ち寄り)

             店内の雰囲気を楽しみ、購入を検討する

             店内滞在時間が長くなる

●ジャンル‥店内滞在時間、商品の購入傾向に影響

 ヒットチャート     滞在時間を8%短縮

 なじみのない曲     滞在時間を長くする

 クラシック音楽     高価な商品の購入率が増加

             万引き率の減少

 カントリーミュージック 日用雑貨、実用的商品の購入率が増加

●ヴォーカル(歌詞)‥購買意欲に影響

             歌詞あり 購買に向いていた関心の減少

●キー‥顧客の心理に影響

             メジャー(明るい)サウンド 明るい、ポジティブな感情

             マイナー(暗い)サウンド 暗い、ネガティプな感情

●音量レベル‥滞在時間に影響

大音量     ストレス反応が増大し滞在時間が減少

適正音量レベル 穏やかさ、快適さを感じ滞在時間が増加

静かすぎる   騒音に敏感になり、居心地の悪さを覚える。滞在時間が減少

●周波数‥食品の購入傾向に影響

高い周波数 果物やスイーツなどの売り上げ増加

低い周波数 ビールなど苦味をイメージする商品の売り上げ増加

 音には、大別して3種類の音があります。意識的に耳がキャッチする音、無意識にキャッチする音、そしてときには不本意にもキャッチせざるを得ない音があります。

3つ目の音、すなわち快くない音は「騒音」とも表現されます。騒音は「特に大きな音や不快な音、または障害を引き起こす音」と定義されています。

 騒音にもパワーがあります。ただし、これまで見てきたさまざまなパワーとは異なり、マイナスのパワーです。BGN(バックグラウンドノイズ)などと呼ばれる、不本意にもキャッチせざるを得ない吉は、その空間を不快なものに変えるだけでなく、わたしたちの健康を著しだり、生産性を下げるようなマイナスのパワーをもっています。しかし、騒音がもつマイナスのサウンドパワーについて、はとんど認識されていないのが現状です。その結果、日本は今、公害とも呼ぶべき音環境にさらされています。

もはや無視できないBGN

 外食したときのことを思い出してみてください。そこには、どんなサウンドが存在していたでしょうか?足音、隣のテーブルの会話、食器の音、あるいは、キッチンからも音が聞こえていたかもしれません。実は、過去20年にわたり、世界中のレストランで、BGNレベル(BGNのうるささがどんどん高まってきていまず。

2018年のザガット(レストラン評価本)が実施した顧客調査では、レストランに対するクレームは、サービスの質の悪さなどを抑えBGNが筆頭に挙げられていました。新鮮・安全な食材、美味しい食事、美しい盛り付け、良いサービスを提供していても、BGNレベルが高いと、顧客の印象は著しく損なわれてしまうのです。わたしたち日本人は、飲食店のBGNレベルにそこまで敏感ではありません。その証拠に、飲食店の情報が掲載されたサイトに、「音」の情報が含まれていることは稀です。

 しかし、ニューヨークやロサンゼルス、ロンドンなどでは、評論家たちが、食品の品質のみ撃bず、BGNレベルについても点期的にリポートしていまず。たとえば、ニューヨークタイムズ紙などでは、BGN評価システムを導入し、レストランを評価する際に参照しています。今や、顧客が店を選ぶ基準は、身体に優しく・安全な食品が提供されるかだけではなく、一緒に出かける相手との会話を楽しめる空間かどうかも考慮されるようになってきているのです。みなさんも、飲食店を選ぶ際は、音環境にも注目してみてください。

飲食店はどれほどうるさいのか

 なぜ、レストランは年々うるさくなってきているのでしょうか? そこには、さまざまな要因が絡んでいます。たとえば、レストランの装飾もその要因の一つです。人気レストランはモダンなインテリアを採用することが多く、そうしたインテリアには、音を反射する硬い表面材質が使われがちです。さらに最先端のデザインを意識した店舗の多くは、バック・グラウンド・ミュージックの反響・残響、店内の顧客や従業員が行き交う交通音、キッチンからの調理者や洗浄音、顧客の会話などさまざまな音源があり、それらが反射、共鳴することで店内のBGNレベルをさらに増加させています。

 実際、どのくらいのBGNレベルになっていると思いますか?円滑に会話ができるBGNレベルは、55~65デシベル(シャワー音など)ですが、流行りのレストランのBGNレベルは、少なくとも80~85デシベル(業務用ヘアドライヤーや除雪機、バイクのエンジン開始音など) に達しています。繁忙期にもなると、BGNレベルは90デシベル(道路工事掘削機など)にも上昇します。

 人気レストランの豪華な食事を、工事現場のすぐ隣で食べたとして、それが楽しい

体験になるとはとうてい思えませんね。それだけでなく、このような高いBGNレベルは、身体に悪影響を与えてしまいます。

騒音は料理の昧を損ね、早食いを促す

 騒がしい場所で何かを食べるというのは、心地よいものではありません。食べたものの味も、いつもより劣って感じられます。実はこれ、「うるさくていやだな」といぅ気持ちからそう感じるだけでなく、騒音によって味覚が変化してしまうこととも関係しています。

 詳しくは次章「味覚と食感のサウンドパワー」でご紹介しますが、BGNレベルが80~85デシベルになると、味覚が正常には働かなくなります。意外に思われるかもしれませんが、昔が味を準えるのです。たとえば、次のような影響が出てきます。

▼甘さや塩分を感じにくくなる

▼うま昧を感じやすくなる

▼食べ物が乾燥していると感じられる

その結果として、料理人が想定していたのとは違う味を感じることになります。

 さらに、高いBGNレベルによって阻噂回数が増えることが知られています。つまり、騒音は早食いを促すということです。せっかくの美味しい料理も、味が変わってしまったものを早食いするというのでは、文字通り味気ないですよね。

うるさいとお酒が進み回転率も上がるが……

 今度は、レストランではなくバーについて見ていきましょう。BGNレベルとアルコール摂取量の関係を調査した研究によると、BGNレベルが上がるにつれてグラスを空けるまでの時間が堰くなり、より多くの種類のアルコールをオーダーずるようになったそうです。お店にとってみれば、BGNレベルが高くなると、アルコール販売量が増加し、また、早食いを促すことから回転率の上昇も見込めることになります。とはいえ、はたして、BGNレベルを高めるというのは売り上げアップの戦略として適切なのでしょうか?

 残念ながら、そうはうまく働かないでしょう。そもそも、顧客にとって早食いは心地よい体験ではありませんし、アルコール摂取量が増えることについては、高いBGNレベルからくるストレスが原因だと考えられています。高いBGNレベルの環境下で、速いスピードでより多くのアルコールを摂取するというのは、ストレスを回避しょうとした結果でしかないのです。高いBGNレベルは顧客クレームの上位にあるということ、また、味覚に影響することによって料理人が提供したい味とは異なる味を感じさせてしまうこと、さらに、会話の不便さからくる居心地の悪さなどを考えると、やはり高いBGNレベルは望ましくありません。

 サウンドデザインをしていくときは、さまざまな要因を総合的に考えていくことが求められます。「噂的な売り上ば増加だけを考、希る取でばなく、サスティナブルな経営戦略が求められます。事実、ゆったりとしたテンポの、会話のしやすいBGNレベルにデザインすることで、顧客の滞在時間を延ばし、アルコールやコーヒー・紅茶、デザートの売り上げを増加させているケースもあります。やはり、店のテーマ、コンセプトやターゲットの顧客層をよく検討したうえで、戦略的に音環境をデザインするというのが鉄則のようです。

 余談ですが、素敵なバーで美味しいシャンパンやワイン、カクテルなどを、語らいながら楽しみたいときは、店内のBGNレベルが低いお店をセレクトするべきです。相手の話にじっくり耳を傾けることができると同時に、あなたの言葉も相手に心地よく聴こえ、スムーズな会話ができることでしょう。また、必要以上に飲んで酔わないことも、大事なポイントです。

高いBGNレベルをコントロールする方法

 本章の冒頭で、日本では、騒音は公害とも呼ぶべき状況になっていると述べました。

これは、私がただそう思っているだけというわけではありません。WHO(世界保健機関)も、騒音を深刻な健康被害の要因であると定義しています。

たとえば、BGNレベルが85デシベル以上の環境で働く従業員は、騒音ストレスによる頭痛、自律神経の乱れ、不眠、血圧の乱れなどの体調不良、難聴などの聴覚障害のリスクが高くなり、また、生産性も低下します。従業員が安全で健康的に働く環境を整え、生産性を維持していくためには、BGNレベルをコントロールする必要があります。これだけ音があふれているなか、どのようにすれば騒々しい店内という問題を解決できるでしょうか?

 ここで、飲食店でのコンサルティング事例をもとに、BGNレベルをコントロールするための方法をご紹介します。少々長くなりますが、飲食店に限らず、音の反射と吸収の基本的な法則がご理解いただけると思います。

 まずは飲食店の音響環境を見てみます。多くの飲食店は、そのコンセプトに沿った店舗装飾をしています。木製、あるいはタイル張りのフローリング、金属製の電化装飾や備品、空間を広く演出するレイアウト、カウンター越しのキッチン、採光を取り入れる琴ガラス張りの外観など、さまざまなデザインが施されていることでしょう。

ここに、従業員の声、キッチンのなかの調理器具や食器の洗浄音、換気扇音、テーブルの食翌日、料理人の調理動作音や声、顧客や従業員の移動交通音、各テーブルでの会話や動作音、店内のBGM、冷暖房の送風音・空調や室外璧日など、多くの種類の音(振動)が反響し合います。BGNレベルをコントロールするためには、囁い表警柔らかい表面のパランズ巌警必要があります。音を吸収する素材は、店内の反響を防ぐのに役立ちます。また、一般的に、柔らかい素材は硬い素材よりも音の吸収に優れています。

オープンプランオフィスの騒音問題

 次に、オフィスの音環境を見てみましょう。オフィスプランの立案においては、効率性、生産性、共同作業、有効なスペース管理を目指してプランニングしていくことになりますが、このとき、音響環境についてまでは考えられていないことがはとんどです。

 たとえば、ここ最近流行りのオープンプランオフィス。活気ある洗練されたオープンプランオフィスは、コミュニケーションが取りやすく、仕切りのない空間は心理的にも協働性が高まります。また、採光を確保しやすいレイアウトが可能となるなどのメリットがあります。しかし一方で、オフィス内のBGNレベルが高くなり、従業員の生産性と身体に悪影響を与えているという側面があります。

 オフィスにおけるBGNの騒音源には、次の3カテゴリーがあります。

▼会話ノイズ∵ミーティングエリア、コーヒーなどのブレイクエリア、電話やオフィス内の他人の話し声。仕事中に耳に入る会話は、非常に気になるものです。

▼機械ノイズ‥プリンタ㌧コピー機、パソコンの「カチャカチヤ」というキーボード操作書、パソコンのスクリーン(何台も並ぷパソ]ンのスクリーンは、音の反射機といっても過言ではありません)、空調・冷暖房など。

▼外部ノイズ‥室外機からの低周波騒音、交通音、近隣の工事、他社のオフィス、施設の発生音など。

 滑らかで開放的なオープンプランオフィスは音を反射しやすくし、耳障りなエコーなど、環境騒音が発生しやすいのです。

騒がしい職場は健康を害し、生塵性を下げる

 スチールケースとイプソスによる調査では、オフィスのBGNが原因で、1日あたリ86分を無駄にしていると報告されています(加)。さらに、WHO(世界保健機関)の発表では、職場での騒音、BGNが原因とされる身体不調(うつ病など)による休職(労働日数の減少)、それに伴う医療費、生産性の低下は、イギリスで年間300億ボンド(約4兆円)の損失に相当すると推定されています。オフィスの音の問題は、経済活動の面から見ても、早急に取り組むべき課題なのです。

 オープンプランオフィスは、従業員が共同で作業し、アイデアを共有し、コミュニケーションを取ることに最適な設計になっているとされています。しかし、そのレイアウト(設計)そのものが生産性、そして健康を損ねる可能性をもっていたのです。たとえば、次のような研究結果があります。

▼仕切りのないオフィスでは、あらゆる音がよく聞こえます。同僚の動作音、会話、 電子機器音などが否応なしに聞こえてくる環境では、従業員の生産性が損なわれます。

▼タスクに集中しているときに雑音やBGNが聞こえると、注意力が乱れてしまいます。そのような環境では注意力を元に戻すことも難しくなりますし(召、読み書きのスピードと正確性も低下します。

▼オープンプランオフィスのBGN環境下で3時間仕事をすると、エピネフリン(ス トレス反応ホルモン)の値が上昇すること、前かがみになって座りやすくなり、腰痛や椎間板ヘルニアなどの筋骨格系疾患のリスクが高くなることが示されています。

▼BGNレベルが高い環境下での作業が断続的である場合でも、ストレスホルモンであるコルチゾールの濃度が上昇するなどのストレス反応がみられ、女性の場合は月経困難症のリスクにつながる可能性があります。

 ▼仕切りのない開放的な空間では、自他の話し声や作業音が聞き取りやすくなってしまうという、サウンドプライバシーの問題が発生します。シドニー大学の調査では、従業員の最大の不満は、サウンドプライバシーの欠如でした。

持続的な成長戦略としての騒音対策

 日本では特に、騒音の問題は、これまであまり注目されてこなかったように思います。それゆえに、改善を図るのがなかなか難しい課題となっています。そこで考えられるのが、騒音対策をビジネス戦略として位置付けることです。そして、そのカギは、SDGSにあると考えています。最近耳にすることの増えてきたSDGS(持続可能な開発目標)というのは、2015年の国連サミットにおいて、「持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成される国際社会共通の目標」のこと。

 成長分野が限られてきている昨今のビジネス環境において、経済効果が望めるSDGSの分野に取り組むことは、企業が本来の事業活動や経済活動を通じて、企業価値やブランド価値を高めていくというC~V(クリエイティング・シェアード・バリュー)的発想を実践する機会ともいえます。従来の、企業利益を地域社会に還元するCSR(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティー、企業の社会的責任)からCSVへと発想を転換していくことは、企業の長期的な生き残り戦略上も極めて重要なことになってくるはずです

 オフィスにおけるBGNや低周波騒音の問題は、年々増加しているうつ病などのメンタルヘルス対策としても重要な取り組みの一つです。また、オフィスに限らず、雇用者が健全なる音の環境下で働く環境づくりは、生産性の向上はもとより、離職率を下げるなど、大きな経済的効果が見込まれます。

 音響環境の問題は、今後さまざまな企業が「耳を傾けて」取り組むべき課題です。無駄な音を削減することによって、健全で豊かな暮らしをサステイナブルに取り組むことが今必要とされています。

 日本は普環境後進国

 残念なことに、日本の音環境はとてもひどい状能だあるといわざるをえません。その証拠に、2018年に、WHOが「環境騒音ガイドライン」(㌘を発表しましたが、その内容と、日本の環境基準垂には、大きな禾離がありました。たとえば、交通道路のガイドライン数値を見てみると、WHOの勧告が顎アシベルに対し、日本の環境基準は70デシベル(昼間の幹線道路)となっています。騒音問題は、これまで主に工場や機械製造、運輸車両などと関連する企業が取り組む課題だと認識されてきましたが、実際は、わたしたちの暮らしのあらゆる部分に関わるものです。今後、音の問題に対して、さまざまな企業が耳を傾けるようになることが期待されます。

 電車の騒音問題

 日本の都市部には、通勤通学に長時間電車に乗っているという方がたくさんいます。小学校1年生が、毎日3時間程度電車に乗っていることもあるほどです。地下鉄や電車の車内BGNレベルは約80デシベル。急行や特急の通過時は、100デシベルを超えますし、利用者の多い通勤通学時間帯は、110~120デシベルにもなります。85デシベル以1は、騒音性難聴の危険信号の境界線ともいわれます。また、米国環境保護庁(EPA)〈禦によると、114デシベルで4秒以1、117デシベルで2秒以上、120デシベルで1秒以上さらされることでも難聴リスクがもたらされるといいます。

 このような大騒音に慢性的にさらされると、頭痛や不喝自律神経の乱れや抑うつ、注意力の低下や倦怠感、認知障害など、さまざまな健康リスクが高まります。しかしながら、通勤通学の移動手段となっている以上、電車の利用を回避することはできません。ヘッドホンやノイズキャンセルイヤホン、耳栓などによって遮音し、自衛するしかありません。ニューヨークの最新の地下鉄(MTA)は、積極的な交通騒音低減の取り組みを実施し、BGNレベルをかなり改善しました。日本の公共交通機関でも、BGNレベル低減の取り組みが期待されるところです。

低周波音という問題

 わたしたちの聴覚は、低周波音(低い童に対して鈍感なところがあり、BGNレベルが高くない場合には、モこに騒音があると気づかないこともあります。最近なんとなく調子が悪い。そのようなことの原因かもしれないのが、この低周波音です。

 低周波音に長時間曝露された場合、頭痛・不眠・集中力の減退・肩こり・倦怠感・動惇・めまい・血圧の上昇・消化器系疾患・アレルギー・不妊・婦人科系疾患・聴覚障害などのリスクが高まる可能性があります。また、精神疲労のレベルが増加し、健康が脅かされ、ヒューマンエラーが増加することが示されています。

 低周波願書は、工場の燃焼装置や道路高架橋、電力風車などから生み出されるばかりではなく、わたしたちの生活のすぐ近くにもあります。長い時間を過ごすオフィス、学校、病院、施設、家の多くには空調・冷暖房機器が整備されており、そこには室外機が伴います。

BGNレベルが高い場合には、はっきりと「ブーーン」といった低い響くような音を感じることができますが、40デシベル程度のBGNレベルの場合は、はっきりとはその音を感じ取れないこともあります。

 実際、私も冷暖房機器を買い替えた後、何となく頭痛や倦怠感、息苦しさや不眠などの症状を感じるようになりました。はじめは疲れか、あるいは季節の変わり目だからかとあまり気にしていませんでしたが、暖房を入れている目に限りその症状がよく見られました。ひょっとして、と思った私は、低周波音レベル計で計測してみました。すると案の定、部屋の隣に設置された室外機から低周波音が測定されました。

 室外機内部のコンプレッサーの取り替え工事を実施したところ、それまでの症状から回復しました。やはり低周波音が原因だったようです。このことば身をもって、あらためて低周波騒音の身体への影響を感じた体験となりました。

 低周波騒音はサウンドマスキングによる緩和効果が低く、現在のところ、次のような対策が考えられます。

▼室外機の下に吸音・防音パネルを敷く

▼室外機の向きを変える

▼室外機の周辺に植物を配置する

▼室外機の近くに長時間いない

 ふだんわたしたちは、BGNレベルばかりに注意を向け、低周波騒音を見落としがちです。周波数を手軽に計測できるアプリケーションも出てきているので、これを機会に耳と注意を傾けてみるとよいでしょう。

「音が味覚に影響する」。にわかには信じられないかもしれませんね。しかし、サウンドと味覚のあいだには、とても必山接な関係があることが、次々に明らかになってきています。

 視覚、触覚、    覚、聴覚、味覚の有感は交錯し合い、わたしたちの感覚に影響を与えています。聴覚と味覚など、二つ以上の異なる感覚様式が相互作作用して知覚することを、「クロスモーダル知覚」といいます。

 わたしたちが甘い・塩辛いなど認識するときに使う情報は、口腔内の舌にある「味蓄」からくるものだけではありません。味覚は、食べ物や飲み物の色や形、香り、歯ごたえにも影響されます。そして、環境サウンド(良べる際に甲」える外部のサウンド)や、      眼喝するときに自らが発する骨伝導音などにも。近年さまざまな研究者たちが活発に研究を重ねているこの領域から、苫と味覚の相布作用を取り出してご紹介します。

機内食は一味違う?

 みなさんは、機内食に対してどのようなイメージをもっているでしょうか? 良いイメージをもっている人はあまり多くないかもしれません。しかし、航空会社が提供する食事そのものに問題があるわけではないようです。では、何が問題だったかというと-

なんとあの、機内音にあったというのです。

2014年の「航空機内のノイズとうま味」と超された研究調査で、航空機の機内告が、甘味を感じにくくさせることが見出されました。さらに、2015年には、航空機内のノイズ(ホワイトノイズ)が乗客の甘味の感覚を抑え、うま味の感覚を高めることが発見されました。高度1万メートルで飛行するジェット旅客機機内は、およそ81~88デシベル(平日の都会の人通りの交通音量~ブルドーザーの音量くらい)にもなります。エンジン音など航空機自体から発生する苫に加えて、空調管理のファンの音、乗客の話し声や動作音、客室乗務員のアナウンスなどが重なり合い、人吉量のホワイトノイズが流れる環境です。つまり、機内食がイマイチな理由は、機内に絶えず響く朗デシベルほどの「ホワイトノイズ」にあったのです。

 機内ではトマトジュースを

 航空機内では、トマトジュースやブラッディマリー(ウォッカをトマトジュースで割り、レモンと塩を加えたカクテル)がよくオーダーされるといいます。なぜだと思いますか?先程の研究結果を踏まえると、その理山が見えてきます。BGNレベルが高い場合、「うま味」により敏感に反応するようになりますが、トマトジュースにはまさにこのうま味成分がたくさん含まれています。航空機内でトマトジュースやブラッディマリーのオーダーが増えることは、偶然ではなく必然なのかもしれません。飛行機に乗った際は、ヒ空1ガメートル、シートベル着用のサインが消えてホワイトノイズが大吉量で響く環境になったころ、トマトジュースかブラッディマリーを飲んでみてはいかがでしょうか?

音を振りかける「ソニック・シーズニング」

 高いBGNレベルのもとでうま味への感度が増すのであれば、うま味成分の豊富な、パルメザンチーズ、トマト、きのこ、海藻類などを使ったメニューを用意すればいいのではないか、と考えたくなりますね。実際、この考えがいくつかの航空会社に広まりつつあります。たとえば、ブリティッシュ・エアウェイズは、数年前にメニューを改訂し、うま味を含んだ食材でのメニュー構成を増やしました。そして、味に対する昔の効果を諷味料に見立て、「ソニック・シーズニング(音、の調味榔)」としてその可能性を探求しています。

音と料理を同時に楽しむサウンドぺアリング・メニュー

2014年に、ブリティッシュ・エアウェイズがフライト中に公開した「サウンド・バイト」では、コースメニューとともに、特別に厳選された13種類のサウンドのプレイリストが提供されました。史上初の、音と料理をペアリングして楽しむ「サウンドペアリング・メニュー」です。

このサウンドペアリングのリストは実にユニークなもので、革新的なチャレンジをしているというメッセージを上手に発信しています。

食感のサウンドパワー

 しけったおせんべいよりも、「パリッ」としたおせんべいのほうが美味しいと感じますね。そう、わたしたちが料理を食べるときに「美味しさ」を感じるトリガーは、甘味やうま味などの五味だけではありません。料理を口に頬張ったときのr食感」もまた、「美味しさ」、に大きく影響してきまず。

 食感とBGNの関係を調べた研究によると(㌘、ホワイトノイズのBGNレベルが高いほど、ポテトチップスのパリパリ感が増加して感じられたといいます。また、BGNレベルだけではなく、高い周波数のサウンド(2khz~20khz)によってもポテトチップスのパリパリ感が高まることが示されています。

 ホワイトノイズや高い周波数のサウンドのBGNレベルが高い環境というのは……そうです。航空機内です。フライト中に私が楽しむ、「パリパリ」食感のポテトチップスの秘密は、ここにあったのです。ホワイトノイズによる「パリパリ」食感の増加は、ポテトチップスに限りません。レタスやきゅうり、パイ、ナッツなど、「パリッ」「サクツ」「カリッ」とした食べ物もまた、いつも以上の食感を楽しむことができます。

 航空会社の取り組みは、現在のところ「味覚」に焦点をあてたものがほとんどですが、今後は、「食感」も含めた取り組みが期待されます。

ソニック・シーズニングの可能性

サウンドによる味覚や食感への影響は、上空1万メートルのフライト中だけ存在するものではありません。地上では、大音量のホワイトノイズ以外のさまぎまなサウンドとのペアリングが可能でず。どのような体験が可能になるのか、ワクワクしてきますね。まだまだ研究途上の領域ですが、いくつか事例をご紹介します。

 ダージリンティー

 ダージリンティーを1杯、2種類の異なるサウンドとともに味わってみます。一つは、①お腹にずーんと響く中音量の低周波サウンド(Cl‥32・703h2とFl‥43・7hzを同時に再生)、もう一つは、②明るい中音量の高周波サウンド(C6‥1046・5hzとA6‥1760hzを同時に再生)です。①低周波サウンドは、少し苦味のあるダーク・フレーバー、②高周波サウンドは少しまろやかなマイルド・フレーバーに感じさせます。

チョコレートとコーヒー

 ダークチョコレートを口に頬張り、①低音(Fl‥43・7hzとC2‥54・4hzを同時に発音)あるいは、②高音(A5‥880hzとC6‥1046・5hzを同時に発音)を聞きながら食べてみます。①低音ではより苦い、③高音ではより甘いフレーバーに感じられるはずです。

 ビール

 ビールを飲みながら特定のサウンドを聞くと、そのビールの味が変化することがわかっています。ビールを飲みながら、たとえばフルートのような高いピッチのサウンドを聞くと、甘味をよ肌強く感じます。一方、お腹に響くような重く低いピッチのサウンドを聞くと、苦味とアルコール度が頚く感じられます。味を楽しみたい、気分を変えたい、料理とのペアリングを楽しみたいなど、目的に沿って、ビールの味に音の調味料を加えることができます。

 ワイン

 ワイン醸造家とのコラボレーションで実施された研究(空から、サウンドはワインにも影響があることが発表されています。たとえば、パワフルで力強いサウンドを聞きながらカベルネ・ソーヴィニヨン(赤ワイン)を飲んだときは、味のコク・深みが60%アップしたように感じられ、流れるような柔らかなサウンドを聞きながらシャルドネ(白ワイン)を飲んだときは、さらりとさわやかな風味が40%アップしたように感じられた、という研究結果があります。ワインは、料理とのペアリングはもちろん、サウンドとのペアリングも楽しめるのです!

 私のチームは、このことを戦略的に活用してコンサルティングを行ったことがあります。それは、ワインの種類ごとに、それぞれの特性がよりよく表現されるサウンドとペアリングしてプレゼンテーションを行うというものでした。サウンドとワインのペアリングによって、グラスに注がれたワインの色や透明感(視覚)、香り(嗅覚)、口のなかで広がるフレーバー(味覚)、グラスをもつ感触(触覚)と、わたしたち人間のもつ五感すべてが刺激されます。五感が一体となって得られる感覚は、そこに参加した人々の記憶に残る経験となり、その後レストランやリカーショップなどとの販売契約の増加につながりました。

「音楽を聞くと、頭が良くなるんですよね」

「音楽は情操教育にいいと聞きましたが、本当ですか?」

 サウンドの研究をしていると、子育てや教育への効果を聞かれることがよくあります。たしかに、音楽には、子供たちの成長にポジティブな効果がありそうな気がしますね。音楽の効果について、世の中でいわれていることのすべてが正しい、あるいは科学的な裏付けが取れているというわけではありませんが、その直感は、あながち間違いではありません。

 子供たちが音楽を聴き、楽器演奏を学ぶことには、多くのプラスの効果があることが示されてきています。けれども、「音楽」だけではありません。音楽以外のサウンドの効果も知っておく必要があります。本章では、サウンドパワーのさらなる可能性として、子育てと教育への効果を見ていきます。

発達段階別の子供たちと音楽との関わり

 まず、一般的になじみのある「音巣」から見ていきましょう。音楽は、子供の発達段階に応じてさまざまに影響を与えていきます。それは、子供の知的・社会的・感情的・運動的・言語的、そして総合的な識字能力を含む発達に責献します。

 子供たちと保護者が音楽を一緒に楽しむことも重要で、子供と保護者の信頼関係にも影響を与えることが研究によって示されています。音楽に関わることによって、肯定的な感情や喜びが同期(同調)され、音楽経験という枠組みを超えた影響を与えていきます。子供たちの発達段階に応じた音楽との関わりを見ていきましょう。

 赤ちゃんは音刺激に敏感

 生後6か月までの乳児は、大人よりも敏感な外耳適をもっており、音楽(サウンド)

に対してよく反応します。そして、見るもの間くものすべてが新しいものばかりな乳

児は、音刺激にさまざまな影響を受けます。

 乳児とBGM

 乳児は、歌詞ではなく、メロディをまず認威します。静かなBGMは乳児を落ち着かせ、騒がしいBGMは興奮させます。シンプルで短い歌を、お風呂やおむつ替え、ミルクのときに歌ってあげると、その音楽と行動を関連付けて理解するようになります。

 たとえば、お風呂のときに「お~ふろ、お~ふろ(ドー(C4)ド(C4)ファ(F4)、ドードファ)」のようなメロディをゆったりとしたリズムで歌うと、子供はそのメロディを認識するようになります。「アーアー」「ダーダー」など、噛語を発しているころですが、この時期の音楽経験は音声学習に大きな影響をもたらします。特に、生後9か月は音声学習のピーク期間とされ、周囲から聞こえるさまざまなスピーチ音の速いに注意を向けています。これらの音の違いを区別する能力は、後に言葉を話す(聞く・発音する)鍵となり、生後30か月時点での語彙数と関連がみられます。また、この能力は、日本語以外の言語のヒアリング、てきます。生後9か月という早い時期での音楽体験が、向上させるのです。

RとLの発音などにも影響し音楽と言語両方の処嘩能力を

 幼児とリズム、歌詞幼児は、音楽に合わせて手をたたく、ジャンプする、歩く、走る、身体をくねらせるなどを好みます。音楽のリズムを再現したり、リズムに合わせて動くことで、自身の動き以外に対して集中することや、同調することを学びます。

 また、聞き慣れた歌の一部を変更して替え歌ごつこをしながら語彙を増やすなどの遊びもできます。たとえば、メリーさんのひつじ、メリーさんのアヒル、メリーさんのトマトといった具合です。

 保護者が子供たちと一緒に歌うことは、子供とのあいだの絆を深めることにもなります。

 左右に身体を揺らす、歩く、走る、スキップする、ジャンプするなど、さまざまな運動を促す音楽は、身体バランスを準え、敏捷性を磨き、筋肉・骨の強度空席めるのに役立ちます。

 未就学児と歌うこと

 音の調子にかかわらず歌うことを楽しみます。歌詞やメロディを繰り返し、自分自身のリズムで歌う傾向が見られます。幼稚園などで習った童謡や、アニメソングなどを使って歌遊びをすることもあります。子供と話すとき、ミュージカルのように歌いながら話しかけてみたり、歯磨きや片付けなどにメロディをつけて一緒に歌ってみてください。子供は、保護者の歌を真似たり、自分自身で作り歌をするなどして呼応するでしょう。YouTubeなどを一緒に見ながら、日常生活の簡単な英語を楽しみながら歌ってみることは、日本語以外の言語のヒアリングや発音などに役立ちます。

 小学生と楽器演奏

 学齢期の子供たちは、音楽の好き嫌いを表現し始めます。ピアノやバイオリンなどの楽器演奏や歌を歌うことに興味をもつのもこのころです。音楽を演奏することにはさまざまなプラスの効果があるため、この時期にたくさんの良い音楽を聴いたり、コンサートを観に行く機会をつくることをおすすめします。YouTube上には、聞きやすく親しみやすいクラシック音楽のビデオもあります。

中学生以上と世界観

この年代になると、音楽を通じて友情を育み、保護者や大人たちとは異なる自分たちの世界観を築いていきます。自分自身の演奏力を高め、他人と比較し、自己表現や自身のアイデンティティを意識するようにもなってきます。

子供たちとサウンド

では次に、「サウンド」と子供たちの関わりについて見ていきましょう。

 赤ちゃんとホワイトノイズ

 先にお話ししたホワイトノイズ。すべての周波数のサウンドを組み合わせて生成されるノイズでしたね。このホワイトノイズには、次のようなプラスの効果を期待できます。

▼ストレス軽減‥乳児を取り巻く周囲のさまざまなサウンドをマスキングすることによって、安全な空間感覚を与えます。

▼睡眠導入の手助け‥乳児がより早く眠りにつく補助的効果があります。

▼落ち着かせる‥ホワイトノイズは母親の子宮のなかで聞こえていたサウンドと似ているため、泣いている赤ちゃんを落ち着かせる効果があります。

▼保護者の睡眠改善‥数時間ごとに目覚める乳児を育てる保護者にとって、自身が夜間何度も起きてはまた眠りにつくというのは悩みの種です。ホワイトノイズは、乳児の睡眠導入の手助けだけではなく、保護者を眠りにつきやすくする効果があります。

クイズが適しています。

 ピンクノイズは子供たちに限らず、大人収集中カアップにも有効です。本書を執筆している現在、私も周囲の不要なサウンドをマスキングし、集中力と創造性を高めるため、ピンクノイズをベースに穏やかなビーチの波、遠方に小鳥のさえずり、時折鳥の鳴き声をデザインしたサウンドエフェクトを使用しています。

音楽教育のパワー

最後に、サウンドや音楽から少し離れ、音楽教育から期待される効果を見ていきます。

発達段階による差はありますが、総じて、音楽を学ぶことの効果には、目を見張るものがあります。

 楽器演奏は脳の発達を加速させ、社会性を育てる

 楽器演奏を学んだ子供は、音声処理、言語発達、言語知覚、読解力を担う脳の領域の発議が加速されることが研究によって示されています。アメリカ国立衛生研究所とケネディセンターの「音楽と脳に関するワークショップ」では、子供は幼児期から音楽に反応し、その経験が言語発達に大きく貢献することが強調されました。また、音楽は言語発達を促進するだけではなく、注意力、空間認知、実行機能など他の認知機能の発達にもプラスの効果があることも触れられました。さまざまな学問を学ぶ子供たちにとって、音楽は、知覚・言語・識字能力、数値、知的開発、注意力・集中力、身体の発達と健康にプラスの効果を与えるのです。

 楽器を演奏することは、子供たちに達成感警予懲自尊心を高めることにもつながります。困難なことに直面したときのフラストレーションの克服や粘り強ざ、自己規律なども身に付きます。

8歳~17歳までの子供180人が、3年間にわたって楽器演奏を学ぶプログラムを受講した結果、子供たちの①Character(性格)②COmpe{eコCe(能力)③Carinm(思いやり)④COnロdence(自信)⑤COnコeC【5.n(つながり)という、社会性の発達に求められる「5C」すべてが増加したという研究結果も得られています。

論理的思考力や記憶力も向上する

音楽を演奏することは、感性だけではなく、論理的能力も多く必要とされます。事実、ジュリアードを修了後、医学部や法学部、MBA、化学、宇宙物理学などの音楽以外の道に進む学生も多く、またハーバードを修了後にジュリアードに来る学生もおり、このことは音楽と論理的認知の相関を位置づけるものといえるでしょう。音楽的トレーニングの有無によって、長期記憶に有意差があることも研究で示されています。楽器を演奏するためには、多種多様な情報を阻喝しながら身体を動かしていく必要があります。これにより、高い注意力を身に付けることができ、文章の読み飛ばしや注意力散漫が著しく改善されるといった効果があります。

 音楽教育には、なぜこれほどまでの効果があるのでしょうか? それは、襲器の演奏などの音楽活動が、実にさまぎまな認知的タスクを同時に、議会的に含んでいるためだと考えられます。実際、わたしたちのラボでは、音程と言語を複合的に結びつけたトレーニングを開発し、その効果を確認しています。トレーニングではまず、絵(次ページの図参照)を見せてそれが何であるかを子供に聞きます。

 次に五線譜を示します。ここには、先程示した絵に対応する音符が示されています。どういうことかというと、英米では、音符は「C(ド)D(レ)E(ミ)F(ファ)G(ソ)A(ラ)B(シ)」で表されるため、この7文字の組み合わせからなる単語であれば、音程で表現できるのです。「たまご」 であれば「EGG(=ミソソ)」です。

 これによって、子供たちは、音程とアルファベットを結びつけて学び、さらには単語のスペルを覚え、メロディのなかにあるEGGの音を聞き分けることができるようになります。

 つまり、音程と音符の名前、スペルとメロディ、これらが一体となって記憶される

のです。このメソッドで学習した子供たちは、語学学習においてリスニングカが向上し、スムーズなスピーキングができるようになります。7文字の組み合わせからなる単語には限りがありますが、子供たちの言語処理や認知能力の向上に大きな影響を与えることがおわかりいただけるかと思います。

音楽は数学的

そしてもう一つ、音楽が数学的なものであるということも見逃せません。ノイズは、音符を理解するためには、数学的な認知が必要となります。次に五線譜を示します。ここには、先程示した絵に対応する音符が示されています。どういうことかというと、英米では、音符は「C(ド)D(レ)E(ミ)F(ファ)G(ソ)A(ラ)B(シ)」で表されるため、この7文字の組み合わせからなる単語であれば、音程で表現できるのです。「たまご」であれば「EGG(=ミソソ)」です。

 これによって、子供たちは、音程とアルファベットを結びつけて学び、さらには単語のスペルを覚え、メロディのなかにあるEGGの音を聞き分けることができるようになります。

 つまり、音程と音符の名前、スペルとメロディ、これらが一体となって記憶される

のです。 このメソッドで学習した子供たちは、語学学習においてリスニングカが向上し、スムーズなスピーキングができるようになります。7文字の組み合わせからなる単語には限りがありますが、子供たちの言語処理や認知能力の向上に大きな影響を与えることがおわかりいただけるかと思います。

 このように、音楽を学ぶことは、脳のさまざまな領域を刺激し、子供の発達に無数

のプラス効果をもたらします。音楽は子供たちの脳の発達を促進させることができる普遍的な芸術形式であり、本稿が保護者や音楽及び音楽以外の指導者に役立つならば、大変婿しく思います。


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